二:極上の果実は時間を掛けて。
「お前の機嫌の良さはあの子か」
ある日、ランチで外に出た際に遭遇した二人組と別れた後、魚住は合点がいったというように口を開いた。
そそくさを店を出た二人を思い出すように呟くが、話し掛けられているはずの黒川はデザートに夢中だった。
「お前は……。人の話を聞きゃあしねぇ」
「だってー。今仕事じゃないし」
モグモグと特大パフェを食らう黒川は見た目によらず甘党だった。
先程勝手に摘まんだ佐和子のパンケーキもなかなかに甘いのだが、パフェも同様である。
しかも、その前にがっつりとステーキとご飯も平らげているから魚住も呆れ顔だ。
「珍しいよな、お前が執心するなんて」
「んー?」
「そんなに具合良いのか?」
「俺、こんな下品な先輩と一緒にいたくないんだけど如何したら良いですかね?」
遠慮ない下世話な質問に黒川はあからさまに顔を歪めた。
魚住は良くも悪くも明け透けである。
普段は言葉を選ぶのだが、気に入った人間の前でのみ地を見せる。
そういう意味合いでなれば黒川には気を許していると云えるだろう。
まぁ、黒川としては有難迷惑な場合になることの方が多いのだが。
「さっきも云ったけど、佐和子は駄目だかんね」
「だから、その執着が気になる訳。判る?」
「教えてあげなーい」
「可愛げないぞ、黒川」
「可愛くなくて良いしー」
黒川にとって今一番欲しいものは佐和子しかいない。
他のものは別に何かせずとも容易に手に入るからだ。
押しに弱い愚かで愛しい彼女。
それでも必死に屈しまいと強情を張る姿が何とも堪らない。
「まぁ……そんなに入れ込んでるならこの間の合コンの態度も納得するけどな……」
「行くだけ行ったんだから文句云わないでよねー」
「あの後、俺がどんだけ女どもに責められたか知りもしねぇのに……」
「だからガツガツした女の子って駄目なんだよね。俺、鬱陶しいの嫌い」
魚住に無理やり連れて行かれた合コンで、案の定女が黒川に群がった。
しかし本人に全くその気がない為に上手く途中で捲かれ行方知れずとなった。
騒ぎ立てる女たちの怒りの矛先は勿論、魚住に向かったのは云うまでもない。
「佐和子ちゃんは頑なにお前を拒否ってたな」
魚住が面白そうにくつくつと笑えば、黒川は逆に面白くないといった風に頬を膨らませた。
「佐和子はアレで良いんです。っていうか、先輩には関係ないしー」
「何だよ、折角協力してやろうかと思ってたのに」
「んーん、要らない」
最後の愉しみにと取っておいたパフェのてっぺんの乗っていた苺にブスリとフォークで貫く。
パクリと一口で頂けば、口内には甘酸っぱい果汁と果肉が広がった。
そう、取って置きは最後まで取って置かなければ。
「やっぱり美味しいものは自分の手で掛けたいじゃない?」
口端に付いたクリームをペロリと舐め上げながら黒川は妖艶に笑う。
早々に手を出しては未だ実は青いだろう。
この手に掛けるにはもう少し機が熟してから……――。