第一章の小話
〇牧瀬夢はお悩み中
私は最近悩んでいる。
その原因は他でもない、幸兄ぃのことだ。
「ねぇ幸兄ぃ、なんか変わった?」
七歳の私ではどんな言葉が合っているのか分からなくてそんな質問になってしまう。
「なんだ急に。……まぁそりゃ変わるだろ、あんな御告なんてもらったらさ」
違う、幸兄ぃはもうちょっと前から変わってた。
いつもはもっと子供っぽかったのに、いつからか……そう、鬼の人達が村に来てからだ。
それから妙に大人っぽくなって、前はおかずとか取られたら怒ってたのに、今じゃ幸兄ぃがこっそり渡してくるようになった。そんなの変だよ。
幸兄ぃは『ひとめぼれした』とか言ってたけど、それって何なの?
そんなに変わっちゃうくらいの何かがあったの?
私にはわかんないや。
〇牧瀬勇気は嫉妬中
最近、弟が変わった。
いやまぁ、御告を貰って上機嫌になるのは分かる。
俺も御告と才能を貰って有頂天になっていた時期はあった。
だけどそれはあくまでもスタートラインに立ったに過ぎないことを俺は知っている。
何者でもなかった者に配役が宛てがわれただけ。その役を演じ切れるかどうかは役者次第なのだ。
俺達は神様の描いた盤面の上で動く駒に過ぎない。
だから調子に乗っているとすぐに足元を掬われるだろう。現に俺も何度か、誰かの嫉妬によって大怪我をしそうになったことがあるのだ。
今はもうそれは収まっているが、今度は弟が対象になるだろう。なるはず……なんだけど……。
その鬼人族の女は卑怯じゃないか?
そんな物騒な者を連れていたら誰も手出しができないだろ。
ずるい。
怖いのは怖いけど、見た目だけならものすごく可愛い子じゃないか。
それが婚約者だって?
兄より優れた弟なぞ……くそっ!
いつか見返してやるからな……。
〇山茶花は恋に夢中
幸也さんのことは、最初は珍しい人間族の子だなと思っておりました。
私達鬼人族は“鬼ヶ島”に住む同族のおかげで忌み嫌われ、とても肩身の狭い生き方を強いられています。
人に会ったら陰口を叩かれ、遠巻きに逃げられ、時には食べ物も売ってくれません。
冒険者として人々の助けをして生きてきた両親ですらその様な扱いを受けるのが日常でした。
だから人里離れた場所で慎ましく暮らしていたのに、人の悪意は私達を許そうとはしませんでした。
だから私達は住み慣れた土地を離れて旅をし、安住の地と私の嫁ぎ先を探すことになりました。
なるべく早い内に見付けないと大変なんだそうです。
私は別に、こんな扱いをするような人達と暮らしたくはなかったけれど……。
だけど、ダルフの群れから逃げた先にあったこの村で、私は運命の人に出会えました。
別に一目惚れだとか、そういう話ではありません。
ただ私や両親と普通に接してくれて、普通に話してくれて、普通に一緒にご飯を食べて。そういう“何気ない日常”を過ごせる同年代の子を私が知らなかっただけなんです。
他の村の人だって私達をずっと遠巻きに避けるか、恐ろしいものを見るような目で見ていたのに、幸也さんだけはずっと私たちを人として対等に扱ってくれたんです。
こんな気持ちは初めてで、どう表現するのが正しいのかは分からないけれど……。
多分この、『ずっと一緒に居たい』って気持ちは特別なものだと思うんです。
そんなある日のこと。
「……おい、山茶花。お前その衣をどこで手に入れた?」
「えっ? これは幸也さんが『余ったからあげる』って言ってくれて……」
父の金剛山に呼び止められ、はたと足を止めました。
これは今朝、幸也さんが能力で手に入れ譲ってくれた肌触りのいい衣。サイズが少し合わないけれど、余っていても仕方ないからあげる、と言われて喜んで頂戴したものなんだけど……。
もしかしてこの衣はとても高価なもので、村の何処かからか盗んできた盗品だとかそういった話だったりするのかも?
父は一層険しい表情をし、衣を私から受け取ると隅々まで見回す。途中で母も参加して同じように見回す。
「…………悪い、山茶花。ちょっと失礼するぞ」
唐突に、ホント唐突に母が魔術を発動し、衣に向けて火の玉を撃ち込んだ。
「えっ!?」
何がそんなに気に食わなかったのか、私には分からない。けれど幸也さんに貰った物を傷付けられて私が冷静で居られるワケがなくて。
「待てっ! 落ち着け山茶花!」
気が付いたら私は母の頸を狙って貫手を放っていて、父がそれを寸での所で止めていました。
これが、殺意……。衝動に身を任せるとこんなに素早く動けるものなんですね。
素晴らしい。……ではなくて、衣!
「安心しろ、この皮衣はその程度の火じゃ焦げ跡すら残らん」
そう言われて見てみると、確かに衣に魔術が当たったはずなのに燃えカスひとつ付いていません。
不思議……だけど、両親はこれが何なのか分かっていてやっていたのでしょう。
「コイツは火鼠の皮衣っつってな。炎に対する耐性がやたらと高い貴重品だ。高ランクのダンジョン宝箱からしか出ないモンで、こんな辺鄙な村じゃ村中の金を掻き集めたって買えやしねぇ。それを“余った”だぁ? ホントに何者なんだアイツは……」
父は呆れ顔で私に衣を手渡すと、数度首を捻って考え込む。父の癖のようなものだけど、私はそれが『考えても分からないことを考えているフリ』をしているだけって知っている。カッコつけたがりなんだから。
「うーむ……分からんな!」
案の定、数秒考えただけで放棄した。
だけどその表情は晴れやかなもので、幸也さんに対して害意は無いように思える。
「やっぱあの小僧おもしれーわ。山茶花、お前にもし気があるなら幸也のこと早めに捕まえておけよ? あれはこの村で収まる人間じゃねぇ。いずれどっかの国に仕えて出世していくぞ」
それは……まぁ、そうだろうと思っていました。
幸也さんはいずれ外へと出て大成する器なのだろうと。
そんな人の隣に、私が居るのを許されたなら……。
そう考える間、トクン、トクン……と鼓動がヤケに耳に残る。
思い浮かぶのは、これまで見た幸也さんの楽しそうな横顔ばかり。
この気持ちの名前はなんだろう?




