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097 リデル

 フェルグランド首都内、食事亭ヴィオラ。


 ひとりでに、カタカタと音を立てたサラダ入りの食器に、宵闇(よいやみ)がわずかに驚く。


「地震?」

「本当だね。大きくはないみたいだけど」


 横に座っていたフェリオンも、周囲を見回しながら頷いた。


「最近多いんだ。ちょっと離れた平原で陥没が起きてるし、黒翼島(こくよくとう)みたいな事の前触れじゃなきゃいいんだけど」

「滅多な事言うんじゃねえよ。笑えねえ」


 肉を刺したフォークを持つ手を止めて、宵闇の逆隣に座っていたラグが茶髪の青年を睨む。

 フェリオンはすぐに「ごめん。軽率だったね」と詫びを口にした。


「別にいいさ。気にしてねえから」


 宵闇がそう言った事で、凍りつきかけた場の雰囲気が、とりあえず凍りかけニ歩手前で留まる。


(予想はしてたけど、あんま居心地よくねーな)


 今フェリオンの貸し切りになっている店の中には、宵闇、ラグ、フェリオンの他に二十人弱の人間がいた。


 年齢も性別も格好もバラバラだが、全員第ニ翼島の幻将(げんしょう)である茶髪の青年の部下らしい。

 一応簡単な挨拶は少し前に済ませ、大きなテーブルを囲むように座って食事中だ。


 バラバラだが、多かれ少なかれ部外者を見る目なのは共通していた。ろくに会話も出来ていない。


 一緒に来た友人は友人で、「つるむ気は無い」と顔に貼り付けている。


(この調子だと色々きついよなぁ……)


 そんな事を思い、紺髪(こんかみ)の青年への言葉を追加する。


「俺、そこまで神経細くねーんだし、ラグもあんま刺々すんなって」

「へいへい」


 わかっているのかいないのか、ラグは半眼で食事を口に放り込む。


 その隣に座っていた、長い緑の髪を後ろで緩くまとめている少女が、その様子を探るようにじっと見ていた。

確か名前はリデル。


 じーっと音がするかと思うほどに、無言で延々と見続ける。


じーっ

「…………」

じぃーーっ

「………………」

じいぃいぃーーーーっ

「……………………」


 カタリ。

 ついにその視線に耐えかねたラグが、持っていたフォークを置いた。


「オレの顔に何か付いてる?」

「ううん」

「じゃあ見ないでくれる?正直目障り」

「えーっ」 


 決して好意的ではないラグの態度に、少女は頬を膨らませる。


「良いじゃない。見ても溶けちゃったりするでもなし」

「溶けねーけど殺したくなるから」

「なにそれ。猟犬みたい」

「猟犬なんだよ」

「じゃああなたのニックネーム、今から『ペコ』ね」


 ぶっ!!


 そのやりとりに、宵闇が思わず飲みかけのお茶を吹き出した。


 紺髪の青年は額に青筋を立てて「はあ?」と声を荒げる。


「何勝手に……」

「あたしが小さい時に飼ってた犬の名前。可愛いでしょ?」

「てめー調子乗ってると……」


 自分のベルトに手をかけたラグに、強気の青い瞳を向けてリデルは笑う。


「あーっ!

丸腰の年下の女の子に、そーゆーことやっちゃう人なんだ、ディランさんって」

「ぐ……」


 完全な少女のペースに、宵闇とフェリオンが同時に声を上げて笑い出す。

他からも笑い声がちらほら漏れていた。


「諦めろラグ、お前の負けだって」


 腹を抱えながら肩を叩く宵闇に、憮然(ぶぜん)とした顔を向け、さっきまでと逆の口の端を上に上げた表情でリデルへと向き直る。

 右手を少女へと差し出した。


「わーったよ。

降参、降参。

大したムードメーカーじゃねぇか、あんた」

「ありがと。

でも、これは何かしら?」


 リデルは手を握らずに左手で青年の手の甲をつねって上を向かせる。

 手首の部分、ラグの赤褐色の服の袖から3本も針が生えていた。


 覗きこんだフェリオンや他の数人がぽかんとし、宵闇が苦虫を数匹纏めて噛み潰したように顔を歪める。


「お前それ、俺にやった時みたいに猛毒塗ってんじゃねーだろな?」

「ただの痺れ薬だよ。

つか宵闇、あの事根に持ってたのか?」

「毒殺未遂はンな根に持つとかってレベルじゃねぇ!」


 ニ年と少し前、ラグと仲が悪かった頃の嫌な事を思い出しながら突っ込んだ青年の前でリデルが笑った。


「これぐらいなら気づいて当たり前よ。猛毒でもあたしは気にしなかったのに」


 その爽やかな微笑みに、ラグは両手を肩の上に上げた。


「ほんとーに降参」



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