ラグの思惑
宵闇の様子を見るに、以前ラグとリークがアスベルから聞いた事は、まだ彼の耳に入っていないらしい。
この一ヶ月と少しの間、度々会っていながら伝えなかったあの王子の思惑は知らないが、多分自分と似たような考えからだろうとラグは思う。
だが、もしフェリオンの目的が一方的な情報提供ならどうするべきか悩む所だ。
(下手すりゃ再起不能、か……、この状態で色々吹き込まれたら、それはそれでマズイ事になるかもしんねーし)
顔を自分の方に向けた姿勢のまま動かないラグに、宵闇が訝しげに眉を寄せる。
「なんだよ。変な顔して」
「ちょいと考え事さ。
お前こそ、急に昔の事知りたいとか言い出しやがって。
いきなりギルド抜けるとか言われた方の事考えろよ」
少し責めるような色の混じった友人の言葉に宵闇の顔が曇った。
「急に出てこうとしたのは悪かったと思ってる。
だからまだギルドにいるんだし」
ラグの方を見ずに、逃げるように椅子から腰を上げて窓を開け、目の前にある別の家の屋根に飛び移る。
並ぶ青鈍色の瓦上をそのまま歩き、フェリオンの家の方へと向かうと、紺髪の青年も付いてきている足音がした。
「…………」
無言で両手から線を生み出し、視認できるかどうかギリギリの細さに調整したそれを、依頼人の家の周りに張っていく。
紺髪の青年へと目を向けられなかったのは、今言われた言葉にもあるしその友人の行動にもある。
そもそも今回の依頼は、宵闇へのものだった。
五日前に何の変哲も無い手紙の形で送られて来た“フィル”からの依頼。
相手が=フェリオンだと真っ先に気付いたのがバークオルドで、「幻将からの依頼に手を抜く訳にはいかない。ラグも助けになるだろうから連れてけ」と言われたのだ。
フェリオンがそれをすんなりOKした上に、「良かったらリークも」等と言い出したのも不思議だったが、ラグがこの件に噛んだのは“半ば自分の監視”としてではないかと思っている。
それを体現するかのごとく、ラグは何をするでもなく離れた場所からこっちの作業を見ていた。
入口近くに十本、各窓を遮る形で五本、他にも暗殺者が通りそうな所や何か仕掛けられそうな所に数本。
一通り張り終えた所で、ずっと黙っているのも気まずさに耐え難くなり、宵闇は友人へと振り返る。
「心配されなくても仕事は仕事としてこなすし、何か聞いたっていきなりトンズラしたりはしねぇよ」
「……中途な説明とか書き置きでトンズラも無しだぞ」
辛辣に釘を刺して来た。
「何せ、親父さんもオレも獣人島で何があったのかろくに聞いてねえんだし」
低い声でそう言い、直後におどけたように肩をすくめてやれやれと首を振る。
「ま、別に言いたくねぇ事の一つやニつあって当たり前だし、本気で思い出そうって決めたんなら頑張ればいいんじゃね?
――今のお前と記憶抜ける前のお前が同じなのかって事がオレはちょっと心配だけどな」
「……?ラグ?」
自分に背を向けながら言われた言葉の後半に、宵闇の顔がわずかに険しくなる。
「もしかして、お前何か知ってんのか?」
それには答えず、半透明の白い翼を生やして、ラグは屋根の端から飛び降りる。
「おいラグ!!」
「大声で怒鳴んなって」
細い路地から苦い顔で見上げ、その後数秒迷うように俯いた後、宵闇に届くかどうかの低い声で「黒い箱・オレの誕生日・連番」と早口に言った。
「?
………………!!」
「それが助けになるか分かんねえ。王佐からの又聞きだから鵜呑みにだけはすんなよ」
頷いた友人に背を向けて片手を振り、「ちょっとこの辺の地理確かめてくるわ」とラグはその場を離れた。
(悪いな、親父さん。
やっぱあいつに協力するわ。
……オレも、知りてぇしさ)




