バークオルドの懸念
ラグは、何か言う言葉が咄嗟に浮かばず、唖然としたのを覚えている。
自室の奥で眉間に少し皺を寄せ、吸っていた葉巻の煙を吐き出しながら机を指先で叩く上司に、ラグは「何で?」と間抜けた言葉を発した。
いや、聞くまでもなく解っていたことだ。
リーク達や遺物に関わるのは最低限に、このままギルドの傭兵として適度に働き普通に暮らすか。
今の生活を捨ててでも王族や遺物の事に深入りして行くか。
いずれ決めなければならない時が宵闇に来る事は解っていたのだ。
だが、わりと宵闇には優柔不断な部分があると思っていたし、もっと迷いに迷って最終的には平穏に近い環境を選ぶ気がしていた。
バークオルドもそう思っていたらしい。
「探さなきゃなんねえモンが出来たんだとよ。
取り合えず、辞めるにしてもお得意さんへの挨拶ぐらい済ませろって、一旦留まらせたがな」
「探さなきゃなんねえモンっスか……
それって――」
紺髪の青年の言葉に、大男が灰皿で葉巻を潰しながら鼻を鳴らした。
「黒翼狩りの前後の記憶、だとよ。
『急に何で探す気になった?』って訊いても、そこん所は貝になりやがる」
「そうっすか……」
「で、だ」
青い瞳が真っ直ぐにラグを見る。
「お前はあいつの事何処まで知ってる?」
「って事は、やっぱ親父さんも何か知ってんすね?」
「質問を質問で返すな」
元の不機嫌にさらに苛立ちを上乗せした眼光に、紺髪の青年の足が木の床を後ろ向きに擦る。
「いつになく怖えっすね」
(どうすっかな……)
誤魔化しを許さない様子に、ラグは少し俯き後ろ頭を掻いた。
(仕方ねぇか)
「口外しないで下さいよ?」
前置きして、念の為立ち聞き防止に弱い風の術で自分達の周りを囲む。
「オレが知ってんのは、あいつの中に妙な壁創る道具が埋まってるらしいってのと、黒翼の次の幻将かもしれなかったって事ぐらいです。
あの王佐の言葉だからどこまで信用できるか判りませんけどね」
「それだけか?」
「それだけです。知ってる事って意味なら。
推察ならいくらでも出来ますけど」
「お前が首突っ込んでんのも、その推察に従ってんのか?」
探る言葉に、青年の眼が細まった。
「それについてはノーコメントで。
単にあいつが心配ってのが大部分ですし、今話してんのはオレの行動理由じゃないでしょう?」
「……そう棘を生やすな。ついでに聞いてみただけだ」
机の引き出しから二本目の葉巻を取り出し、指先に点した火を移しながら、バークオルドは何かを考えるように視線を机の上へと落とす。
「お前が今言った二つは、以前アスベル殿から聞いてる。
その時に他の事もちょいと、な。
俺は、記憶戻らねえ方があいつにとってまだ幸せだと思う」
「何かマズイんですか?」
「ああ。大いにマズイな」
部下の問いに顔を苦々しく歪めて大男が吐き捨てた。
「王佐殿の話が本当ならっつー前提は当然あるが、下手するとあいつは再起不能になる」
「!どういう事ですか!?」
思わず大声を出すラグに、バークオルドは「それは言えん」と低い声で突っぱねる。
「なっ……」
「お前がどんなつもりで、要らん首を突っ込んでやがんのかも分からんからな」
「だからって――」
(我ながら、何つうガキっぽい食い下がり方だ)
頭の何処かでそう思いつつも納得のいかない表情を浮かべる青年に、バークオルドは鼻を鳴らす。
「とにかくだ。
今の宵闇は、急にここを出てこうとするほど焦ってやがる。そんな状態で何か掴んだって良い事無ぇだろ。
あいつには悪ぃが、なるべく余計な調べもんさせねえように見とけ」
「……それは命令っすか?」
「ああ」




