依頼(2)
溜め息混じりにやれやれと首を振った。
現翼島王のヴァストルⅣ世・グレオール=シルメリスは、破壊魔リークが唯一ほぼ無条件で頭を垂れる相手だ。
「へぇ。
こんなとこでお気楽に飯食ってるようなのもいるのにな」
ラグの視線にフェリオンが、スープの入ったカップを片手にはははと笑う。
「まあ、そこは島それぞれだからね。
リーク以上に窮屈な生活してるのもいるし」
カップの中身を一口啜ってテーブルの上に置く。
「話を仕事の方へ戻そうか」
「なぁ……今更だけど、その話これ以上ここで続けたらヤバくねえか?」
周りに視線を向けながら尋ねる宵闇に、「問題ないよ」と返された。
「そう言えば言ってなかったね。この席の周り五席の客は全員おれが纏めてる師団の人間さ。
店の人も素性知ってる善意の協力者」
「うわ」
さらりと言ってのけた青年に、訪問者ニ人が嫌な顔をする。
店内にある席は三人の居る場所を含めて十席。その内半分だ。
この上司にして部下達有りと言った所か。普通に自然に談笑しながら食事をしている。
これっぽっちも違和感が無い。
「さっき街歩いてた時にすれ違った中にもいたよ。
またちゃんと紹介する」
「当たり前だ」
相手の私兵に囲まれている状況に、気付けなかったのが悔しいのか、ラグの口がへの字に曲がる。
「まぁ、これで武装もしないで街中フラフラしてたのは納得いったけどな」
「……あんたを狙ってるって奴の炙り出しって所か?」
「まあね」
切った肉にフォークを刺しつつ、何でもない風に肯定した。
「実はあの会合の少し前ぐらいから、毒とか術とか罠とか一通りの手段でね。
おれを相手にするにはやり方が緩いけど、そこそこ腕の立つ本物のアサシン集団なのは確かさ」
穏やかな深緑が僅かに険しくなり、斜め下を睨む。
「時期的にウェルズ卿の件が咬んでそうだから一度捕まえようとしたら、そいつは即胸元に括り付けてた爆弾で自殺。
それ以外で部下もニ人ほど巻き込まれてるからいい加減鬱陶しくなってさ。
そろそろカタを付けようと思ったんだ」
フォークの先に刺さっていた物を口の中に放り込む。
「連絡していた通り、とりあえず明日から一週間。前金は一人につき金十。成功報酬は金二十。必要経費は当然こっち持ち。
おれの護衛が一応依頼名目だけど、自分の身は守れるつもりだから、どっちかと言うと仕掛けて来た奴を生け捕る事をメインにして貰いたいかな」
再び少しの沈黙が三人の間に落ちる。
しばしの後、周囲の談笑や食器が立てる音にラグのため息が混じった。
腕を頭の後ろで組んで、背もたれに体重をかける。
「角突っついて蹴る気満々だったんだけどなぁ………
どっかの旦那と違って、内容も報酬も妥当なもんだ。
生け捕りってのはちっと難易度高えけど、あんたとオレと宵闇が組んでりゃ不可能じゃねえしな」
「だな。今ん所断る理由が見当たらねえ」
横でスープを飲み終えた黒髪の青年も同意し、持ってきた荷物袋から契約書を出す。
それにフェリオンが署名して「契約成立だね。よろしく頼むよ」と満面の笑みを浮かべた。
「うちの師団のメンバーまた夜にでも全員集めとく」
「ああ」
三人が食事を平らげた後、会計を済ませたフェリオンに続いて宵闇とラグも店を出る。
窓から見える、さっきまで自分達の周りの席で座っていた誰一人、席を立つ気配も付いてくる気配もない。それどころか視線すら感じなかった。
よく考えれば、それなりの時間店の中にいたにも関わらず、その辺りだけ一切人の動きが無いどころか、手洗いに席を立つ者すらいないのは不自然なのだが、
注意して見ていない限り中々気付けるものではないだろう。
(徹底してんなー……
なーにが『ぴりぴりしてても始まらない』だ)
護衛依頼の半分くらいは、依頼人が怨みを買っていたり大きな商売敵なりの対立者が居る為、これまで宵闇が受けた仕事でも用心深い依頼主はごまんといた。
だがここまでなのはそうそう無い。ましてフェリオンは相手を「緩い」と言えるほど余裕があるのだ。
それでもこんな周到な真似をしていることに、どこか薄ら寒さを覚えた。
「おーい、ぼーっとすんなよ!オレらの泊まるとこ案内してくれるってよ」
「お、おう!悪ぃ!」
前を歩きはじめていたラグの声に、慌てて走る。
店から大通りとは逆の方向に歩き、少し細い路地に入って暫く。
フェリオンが入ったのは、何処にでもある何の変哲もない石造り三階建ての集合住居だった。
その最上階の角のニ部屋に案内される。
「一応各々に用意したけど、どう使ってくれてもいいよ」
「屋敷か何かに泊まり込みかと思ってたんだがな……あんたは何処に住んでんだ?
こっから見える範囲にあるか?」
部屋の奥にある窓まで歩き、外を見ながらラグが問う。
茶髪の青年の指先が斜め下を指した。
「あそこか」
見ると小さな庭付きの家が並ぶ中に、一軒だけ屋根瓦が焦げてずれているのがある。
「おれのいつも使ってる部屋もここから見えるあの辺」
「なるほどな。屋根伝えば走れそうだし問題なさそうだ。
後であの家の周りに俺の線張るけど、いいよな?」
宵闇の確認に茶髪の青年が快く頷き、足を入口の方へと向けた。
「方法は君達に任せる。
まぁ、明日からの契約だし、今日はゆっくりしてくれ。
晩飯またヴィオラで奢るから、その頃に連絡入れるよ」
そのままドアの向こうに消えた依頼主を見送り、宵闇とラグは複雑な顔で視線を交わした。




