昔話
――夜・橙の石窟。
「この島を襲った禍いに打ち勝った事を祝って、そして何よりそれを成して下さった友なる島の兄弟に乾杯!!」
ディーラの音戸に複数の獣人たちの「乾杯!」が続く。
直ぐにでも翼島に帰らなければいけないと言う恩人たちに、せめて御礼の宴をと場が設けられたのだ。
この場に居る三十人余りの中には怪我をしている者も少なくはなく、身内や友人を弔ったばかりの者もいるはずなのに、それでも皆笑いながら手に持った杯をあけている。
(すげぇなー……)
リークに叱咤されて少しは動く気力が出たものの、未だに頭の端が混乱している宵闇は、彼らの活気に内心で舌を巻いた。
それと同時に、これなら今回受けた被害など乗り越えていけるだろうと安心する。
ただ、彼らの活気が朔を殺した結果だと言う事実に胸の奥が少し痛んだ。
リークは元からこの集落の者に慕われていた為か『偽型』がバレても受け入れられてはいるようだ。
ディーラやグルムや他の者達と話している横顔がどこか嬉しそうに見えた。
彼女らを中心に賑やかに談笑する集団から離れ、宵闇は広い石窟の壁にもたれて振る舞われた飲み物をちびちびと口に運ぶ。
時々話しかけ来る者、礼を述べて来る者も何人かはいたが、会話は長く続かない。自分の身内から被害を受けていたこの島の住人に、どんな顔で会話すればいいのかわからなかった。
ふと、顔の横に影が落ちる。視線を向けると、ニッと牙を剥いた狼頭と眼が合った。
「どうされた宵闇殿。あまり飯に手が付いておりませんな。口に合いませんかな?」
「そんな事無ぇよ。ちょっとボーッとしてただけさ」
目の前に料理が盛られた木の板を置き、隣に腰を下ろした、頭二つ分以上大きい獣人を見上げて力なく笑う。
「嬢から聞きました。島を襲った者の正体は、貴殿の姉君だったそうですな?」
「うわ。直球でそれ聞くか?おっさん」
顔のひきつった青年に、「言葉を選んでも意味がありますまい」と返してラジムは続けた。
「それでも嬢を助けて下さった貴殿には皆心から、とても感謝しとります。
ただやはり戸惑っておりましてな。儂はそれではいかんと思うのです」
ラジムの目線が、チラチラと自分達の様子を窺う数人の獣人達へと注がれる。
「貴殿の口からお聞きしたい。姉君について」
「…………姉じゃなくて従姉だよ。
歳も家も近くてガキの頃からよく一緒に遊んでたから姉みたいなもんだけどな」
ひとつ深く息を吐いて宵闇は言葉を紡いだ。
正直な所この件に関して触れて欲しく無かったし、言った所でどうなる物でないと思ったが、相手は冗談や軽い興味本位で訊ねてきている様子ではない。
真剣さには応えなければと思った。
「気付かなかった。俺の知ってる朔姉はあんなんじゃなかったんだ」
一つ音にすると、自然と続きが出る。どこかに庇いたい気持ちもあったかもしれない。
「錬気の形も、ふわふわした布みたいな帯みたいな、喧嘩とかに使えそうな物じゃなくてさ。
てか、チビの時に玩具や遊び場の取り合いで口喧嘩した事はあっても、あいつが本気で誰かを責めてる姿なんか見たこと無かった。どっちかっつーと気弱な方だったよ」
隣の大男は青年の昔話を黙って聞いていた。
「最後に会ったのは五年ぐらい前かな。
黒翼の島って結構閉鎖的で住んでた所が奥だったから余計でさ。俺、出て行きたかったんだ。
島にいた頃からそれなりに腕は立つ方だったから、傭兵で稼ぎながら色んな島巡ろうって。
俺を外に出すのに、親父も母さんも反対で結構揉めてさ。
朔姉も最初は反対してたけど、俺が本気なの見て知り合いの商人伝って外の情報集めてくれたり、両親の説得に付き合ってくれたり、すげえ世話になって。
島から出る船に乗る時も『元気でね』って泣きそうな顔しながら作った保存食持たせてくれて…………それきりだ」
いつの間にか自分の回りに人だかりができている事に宵闇は気付かず、灯りを反射してオレンジに光る地面を見つめながら話を続ける。
「三年前、地震があったのは翼島も揺れたから知ってたけど、故郷が沈んだってのは後で噂を聞いて知った。
んで難民が病気持ち込んだとかって話が流れ始めて。
そこからちょっと記憶あやふやでさ。どこで作ったかわかんねー怪我が治った頃には黒翼狩りで同族なんか探しようがなくなってた。
もう会えないもんだと思って諦めてたんだ」
そこまで言って視線を上げた先、自分を囲んでいる沈痛な面持ちの獣人達に初めて気付き、苦笑いしながらぱたぱたと手を振った。
「すまねえ。祝ん時にこんな話長々しちまって。
昔はどうでも、あの朔姉があんたらを苦しめた敵だったのは間違いねぇよ。
俺もリークもセリシアさんも、かなり手酷くやられたし。
身内が迷惑かけてすまねえ」
「いや」とラジムが宵闇に頭を下げる。
「すみませぬな。知らぬ事とは言え、我らが不甲斐ないばかりに貴殿に身内殺しをさせた」
周りもそれに続いて頭を下げ始めたことに宵闇は狼狽える。
助けを求めるようにリークに視線を向けると、「受け取っておけ」と白銀髪の少女から返された。
「彼らにとってあの女のした事は許すまじき事だが、それとお前の事は別問題なんだ。
彼らを助けた時点でお前はすでにこの群の『兄弟』だしな」
リークの横で座るディーラが「そうですわ」と微笑み、宵闇の背がラジムの手で叩かれる。
「……ああ」
俯き加減で赤面しながら、宵闇は鼻を擦った。
「ありがとな。ホント……
朔姉の事はあったけど、俺、あんたらの助けになれて良かったと思う」




