風
鳥は、笑うように大きく口をあけて目を細めた後、その小さい体に見合った小声で囁く。
『このような姿で失礼するよ。
わたしは『風』と呼ばれる観劇者。
アスベルは弟子のようなものさ。今度本人にも確かめてみるといい』
なるほどと、セリシアは剣から手を放して小さく息を吐いた。あの主にどんな知人がいたとしても、大して不思議には思わない。
「主の師が何のご用ですか」
『疑っても意味がないことを解っている。こちらも話しやすいよ』
セリシアを見定めるように首を斜めに伸ばして、鳥はまた笑う。
すぐそばの木の枝へと飛び乗って続けた。
『わたしがしたいのはただの観劇。この場で起きた流れをただ見るだけ。
…………の、つもりだったのだが、この事態はわたしの存在意義に抵触していてね』
「抵触?」
訊ねてから気付く。
さっき小石を軸に使った『侵径探査』に、頭上の喋る鳥が触れている事を。
そして、もう一つ、凄まじい速さで宵闇達の近くに今まで存在しなかった巨大な物が出来上がったのを。
(あの火柱の中!?)
その変化を遠目で見たセリシアも、比較的近くにいた宵闇も、近付こうとしていたリークとディーラも、一様に身を強張らせた。
ズ……ズズズズ
火柱を断ち割るがごとく中から突き出たのは、宵闇の身長の三倍近い大きさの巨大な赤い石板。
所々に脈打つ血管らしきものを浮かび上がらせたそれは、すべて姿を現すと二回ゆっくり横回転して空中に静止した。
それを生み出した巨大な火柱は、さらに大きさを増し天の渦を突き破るまでになった後、唐突に消失する。
「門……か?」
「それと同じであって、同じでないものよ」
片膝立ちの姿勢で曇天の下に浮かぶ石板を見つめる宵闇に、石板のすぐ横に佇む少女は答える。
今までの姿よりかは大分と小柄な。昨晩谷に落ちる前に見た状態に近い。
片腕に白い剣が貼り付いて同化しており、黒い翼と顔の半分が溶けているのは充分異常だが。
溶けた部分から宵闇が朔姉と呼んだ顔が覗く。
「場所を教えてもらえたら、苦労しなくてよかったんだけど、時間がないから創ったの。
わたしの持ってる欠片と、この体と、獣人さんたちの血が材料。
門というより、形を似せた同じ所に通じる横穴よ」
クスクスと耳障りに笑う。
「朔姉……あんた……」
「気づいたのね。
どう?久しぶりに会った従姉に、さっきみたいに刃を向けられる?」
「っ!」
デーィラに尋ねられた時、「襲撃者が酷い事になっても同情しない」と言った。
間違いなくそう思っていた。
(こいつを止めなきゃ、倒さなきゃいけない)
だが、躊躇いが無いはずがない。身体が思うように動かない。
揺らぐ青年を嘲笑い、少女は赤い石板へと白い剣を掲げ、振り下ろした。
パギン!
割れた音と同時に上がる小さな悲鳴。
出所を辿って視線を移動させると、石板の後ろから近づいていたディーラが苦悶の表情でうずくまっていた。
「ディーラ!どうした!?」
側にいたリークが驚いて倒れた娘を抱え起こすが、その身体が石板の方へ引っ張られ始める。
「言ったでしょう?贄にするって」
鈴の声を紡ぐ、爛れた唇の端がつり上がる。
「穴とは言っても、これはそう簡単には開いてくれないの。
最初の七人に代わる誰かの身の犠牲をもって為されるんですって。
やっぱり、そこの幻将さんは当たりだったのね」
「させるか!!」
リークが少女に向かって鋼のキリを放つが、奪われた剣の力がそれを阻んだ。
「こっちも無駄な力を使いたくないの。大人しくしていてくれない?」
襲いかかる破砕をリークがギリギリで避ける。
避けながら、所々に小さな新しい傷を作りながら、怯む事無くリークの足は後ろではなく前に進んだ。
氷の矢を数本生み出して放ち、それを盾に瞬時に距離を詰める。
対する少女の動きは鈍い。
青年の伸ばした掌の先が、少女の、とっさに身体を守ろうと前に出した腕の先に触れ、
そのまま腕と同化した剣の刃を握り、至近距離から怒りを翡翠の眼に宿して睨み付けた。
「これは返してもらう」
「い、イヤ……!」
ギシ!
青年の意思に従って少女と青年の間近で空間破砕が発動。少女の腕の中程を裂く。
蹴り飛ばして少女から距離を取り、リークはディーラの足を沈み込ませた石板の上部へと何度も破砕をぶつけた。
固まったままの宵闇の手前、十数メートルの場所で地面を転がった少女が起き上がる。
「朔姉……!」
「無駄よ」
宵闇の声が聞こえていない様子で足元に赤い小さな水溜まり作りながら、少女はひきつった笑い声を上げた。
「無駄無駄無駄!
一度開いたらそんな事で閉じたりしないわ!
でも目障りね。本当に目障りだわアナタ!」
少女の横の虚空に、黒い槍が次々と形成される。
(だめだ……)
宵闇は眼を見開いた。
とてつもない悪寒が走った。
(それはだめだ!)
手の先に無数の黒線を生み出したのは無意識。
(それだけはだめだ!!)
その行動が呼ぶ結果を考えるより先に、宵闇の腕が動いていた。
「やめろ――――ッ!!」
叫びに振り返った少女の視界を、自身に襲いかかる大量の線が埋めた。




