正体
(個人的に聞きたい事もあるしな)
水の底でまみえた時に相手が口にした
『裏切者』
『貴方のせい』
『十六夜様の……』
『何も知りませんって顔して翼島の犬に成り下がって』
(あいつは、俺の知らない俺を知ってる)
この島を襲っている元凶を叩く目的が宵闇の中でまた一つ増えていた。
断続的に襲い来る槍の間隔を見計らって、発生させていた壁を消す。
「走れ!」
青年の後ろから飛び出したリークとディーラを、針山の奥にいた黒翼の少女の眼が睨むが、凶眼を遮るように宵闇が割り混んだ。
黒線が大地に突き立った無数の槍を刻む。
「邪魔……邪魔……ジャマ……ジャマ!!」
土埃を立てて斬られた槍が落下する光景の向こうで、少女が叫んだ。
「うお!?」
自分の身長と太さを超える大きさの、丸太をそのまま杭にしたが如くの物体が飛んでくる。
盛大な火花を散らして何とか壁で受けきった後、そのまま止まらずに距離を詰める。
「何であなたが邪魔するの!?」
「何でって……」
黒線の数本が少女が埋まっている巨体に接触するが、赤紫の火花とともに弾かれた。
「てめえが滅茶苦茶やってるからだろうが!!」
線が軌道を変え、少女の腕に巻き付く。それを助けに宵闇の身体が巨体の上へと飛んだ。
腰のベルトに横向きで差してある大型のナイフを抜き放って少女の首に突きつける。
「!」
「俺だって人に、まして同族にこんな真似したくねぇんだよ。
でも、そっちがまだやるなら容赦できねえ」
宵闇は望んでいた。
少女がやった事に、仕方がないと同情に足り得る理由が有ることを。
「心当たりは無えが、俺は三年前の記憶が飛んでる。
だからお前から恨まれる様な事をやったのかもしれねえよ。
だとしても、ここを襲うのは無関係だろうが!」
「それをあなたが言うのね」
「!!」
至近距離から黒い礫が宵闇を襲う。
足場にしていた胴体から転がるように飛び下りてギリギリで礫をかわした。
見上げた宵闇の視界がぶれる。少女の顔に薄く、全く違う別の少女の顔が重なった気がした。
「!?
まさか、お前、もしかして」
「関係があるかどうかなんて知らないわ」
青年の言葉を遮って、二重になった少女の顔の唇が動く。
「だって、必要だもの。
わたしは十六夜様の代わりになるの。
何を引き換えにしてでも取り戻すわ……あんたが無関係に殺した人達をね!!」
「俺が……?」
目を見開いた宵闇の前で、少女を呑み込んでいた、赤紫の球体が破裂した。
破裂音とともに強烈な光を放った黒翼の少女の成れの果てに、空の渦雲から雷が落ちる。
衝撃で吹き飛ばされて宵闇は地面を転がり、近くの木に巻き付けた黒線を使って何とか止まった。
ギャン!
すぐ近くで聞こえる獣の悲鳴。視線を上げると、青年を乗せてきた狼が空中で白い欠片を纏っていた。
湿った音を立ててその体が地面に落ちる。
「お前、まさか俺を庇ったのか?」
宵闇の声にグル……と低く唸って狼は動かなくなった。
「くそ!」
壁を創ろうとするが、上手くいかない。
それどころか、体がどんどん押さえつけられているように重くなる。
範囲の小さい薄青の円が周囲に散らばっては消えるのが見えた。
「ぐ……」
耳鳴りがする
胸が痛くなる
頭が痛くなる
脳内で何度もこだまする
『あなたのせい』
少女の顔に幻のように重なったもうひとつの顔。
泣きそうな顔。
忘れるはずのない顔。
『外なんて危ないわよ。どうしても行くの?』
『そう、○○○様のご意志でもあるのね』
『でも心配よ。あなたはとても優しいから』
『おじ様たちも反対なさっているのでしょう?』
『約束してね。きっと帰ってくるって』
『これ、保存食作ったから、二人で食べて』
目まぐるしく目の前の景色が切り替わる。中心にいるのは、長い黒髪の先を緩く三つ編みにした、畑仕事に向いた出で立ちに黒いスカーフを巻いた女性。
「朔姉…………」
宵闇が喉の奥から絞り出した言葉は、かつて故郷でともに暮らしていた、自らの従姉の名前だった。




