再び
「すまない、助かった」
槍のかすめた脇腹を治しながら立ち上がるリークに、宵闇は「気にすんな」と短く返事を返して泉を囲む森の一部を見る。
「あいつは逃げやがったみたいだな。あんな化けモンみたいになってまで……
とんでもねえ執念だぜ」
月の視線の先、巨大な砲弾でも受けたかのようにその辺りの木々がひしゃげて折れていた。
「どう見ても喰われていたが、ああいう輩は追い詰めるほど厄介な行動に出る。
急いで追わねばならんな」
リークの言にセリシアの顔が険しくなる。
「貴方は――」
「十分解っている。だがここで待てなどと言う言葉なら聞かんぞ?
大体、お前も相当無理をしているように見えるがな」
気付かれたことに驚いたのか、セリシアはわずかに眼を見開くが、すぐに納得のいかない表情に戻る。
「自分と貴方とでは」
「価値が違う、か?
考え方があの馬鹿兄や父上にそっくりだな。
私はそうは思わん。存在そのものに優劣などあってたまるか」
兄の従者に険しい翡翠の目線を向けてリークは言い放つ。
見えない火花が散り始めたところで「なあ」と黒髪の青年が割って入った。
「こんな所でグダグダ喧嘩する元気あんなら、さっさとディーラ嬢さんを助けに行こうぜ」
白銀髪の青年と灰銀髪の女性を順番に見てはーっと息を吐く。
「どっちにしたって、もうまともに闘れんのは俺ぐらいだろ。
リークはできれば離れた場所から術で援護。セリシアさんは怪我人の治癒を優先する。
それでよくねーか?」
「……わかった。それでいい」
リークが頷いて薙ぎ倒された木の方へと走り出した。それを追って足を早める宵闇に、セリシアが無言でついてくる。
不幸中の幸いと言うべきか、遺物と同化して変容した少女の進んだらしい跡が大きな道と化していたため、3人が追うのにさほど苦労はしなかった。
一番先頭になっていた宵闇の眼に、向かいから駆けてくる何頭かの狼が映る。
青年の少し前で急停止し、そこから小走りで距離を詰めてきた。
「ラジム殿の使いだ。グルムから聞いて迎えに来てくれたか」
リークの言葉に一頭が「ウォン!」と低く吠えて頭を下げた。
黒い針山。
たどり着いた谷沿いの一角は、そうとしか形容できない状態になっていた。
遠目でも確かめるまでもなく黒翼の少女の槍だとわかる。
それを足場に跳ね回る影を見つけて、各々人を背に乗せた狼が二頭駆け寄る。
「ディーラ!!」
「リーク様!」
リークの大声に、手足を鉤爪に変化させ、腰から尻尾と背中から翼を生やした娘が振り返る。
足場にしていた近場に突き立った槍から飛び降りて白銀髪の青年の近くに着地した。
その上から飛来した四本の槍を宵闇の壁が砕く。
「大丈夫か?他の者は?」
「何人かはわたくしの力が足りずに……。ですがグルムに誘導を頼んで、無事な者は皆避難させました。
リーク様を追い詰めたあの娘はあの化物が来た時に溶けて消えてしまいましたが、奴の持っていたリーク様の剣はアレに」
問うリークへ、怪我はしているがしっかりした声で応え、ディーラは相手を見る。
そして、
いきなり涙眼になったかと思うと突然リークに抱きついた。
「!」
「リーク様もよくぞご無事で!
谷に落ちてしまわれた時はわたくし、もう駄目かと……!」
「……心配をかけてすまない」
泣いている場合ではないのだが、リークは彼女が自分より数倍、年相応の少女らしさのある事を知っている。
自分の無茶の後、どんな気持ちで気丈に周りを束ねて戦っていたのかを推察すると、泣き出したのを咎める気にはなれなかった。
「この通り、大丈夫だ」
自分にしがみついて泣くディーラの背中をポンポンと軽く叩き、リークは壁を維持している宵闇に眼を向ける。
「宵闇、ディーラをセリシアの所へ連れて行く。その間ここを頼むぞ」
「ああ任せろ。
あいつの相手は俺がやる」




