本体
(えーっと……水が入って来ねえように、今立ってんのと“同じような場所”を、と……
こんなもんか?)
泉の岸に立った宵闇の意志に従って、周囲に黒い揺らぎが現れる。
しばし薄青の湖面を見つめ、そのままの状態で水の中へと飛び込んだ。
盛大に泡を発生させて着水してなお、自分の体が濡れておらず息もできることに宵闇は「よし!」と唇の端を上げる。
(やっぱ創るもんを『壁』より『場所』だって思った方が使い易い。
多分こっちが本当の使い方なんだろうな)
そのまま水草を避けてどんどん沈んで行く。ただの泉にしては不自然な程に深く、魚が居ない。
上から差す日の光は徐々に暗くなった。
だが……
「当たりだ!」
上からの光が減るごとに、水面からは見えなかった、底で僅かに灯る光がその大きさを増した。
光に向かおうと思ったが上手くいかず、仕方無しに大きく息を吸い込んで力を解く。
ゴボン!と音を立てて宵闇を水圧が襲った。
(うわっ!耳痛え!
どんだけ潜ったんだよ……)
顔をしかめて耳を押さえる。体にまとわりついてくる水草を払いのけながら宵闇は光の方へと泳いだ。
近づけば近づくほどに、拒絶されているかの如く青年の体が重くなる。
(きっついな、これ。
でもリークもセリシアさんも、あの嬢さんも頑張ってんだ。
俺も頑張んねえとな)
時々壁を創って休みながら、ジリジリと淡く明滅する光へと距離を詰めていく。
すぐ側までたどりついて、何気なく手を伸ばし、自分の『壁』の特性を思いだして慌てて引っ込めた。
(あぶねーあぶねー。
下手に触ると腕無くすかもしれねえもんな)
数歩分さがって外と同じ『場』を創る。
深呼吸を1つ。
(よくも今まで色々やりやがったな。
今引きずり出してやる!!)
手の先から黒線をほぼ限界まで出し、大きく振りかぶって目の前の光球へと叩きつけた。
ギチッ!ギチギチギチギチ!
線が光に接触した場所から赤紫の火花が散る。
「よくも……裏切り者!」
唐突に、そんな声が聞こえた気がした。
「何が裏切り者だ!元々敵だろうが!」
一旦距離をあけて宵闇は言い捨てる。
線をはね除けるように強くなった光は、ボシュッと言う音と気泡を立てて破裂した。
視界を埋める泡を突き破って漆黒の槍が飛んできたが、あっけなく半透明の壁に遮られて青年に届くことなく砕け散る。
「効かねえよ。
いい加減観念してこの島の奴等に詫び入れろよ。
真剣に謝りゃ、命ぐらいは見逃してもらえ……!?」
「ふ……くくっ!バカ言わないでよ。」
水泡が徐々に少なくなり、声の主を露にする。
「それ……」
「やめるつもりが少しでもあれば、こんなモノに手は出さないわ」
思わず絶句した宵闇の目の前で、谷で見たのと同じ顔の少女が笑った。
水の中でどうやって喋っているのか、鈴の声が宵闇の耳に届く。
「それに、これで命が助かって意味があると思う?
彼等がこのわたしを、ヒトとして見るかしら?」
「…………」
答えることができなかった。
『喰われるんだ』
『変じて使い手を取り込む。跡形も残らん』
唐突に思い出されるリークの言葉。
(これが、それかよ)
少女は、
いや、少女の顔をしたそれは到底ヒトと呼べる姿では無かった。
胸から下が原型が解らないほど体積を増やし、部分的に広がり、捻れ、いくつもの長いひだ状に分裂して漂う異形。
無理矢理近い生物を挙げるなら、巨大で歪な赤紫に明滅するクラゲのようだ。
「何で・・」
「あなたのせいよ。宵闇」
「何?」
名前を呼ばれた事に戸惑う。
宵闇は確かに黒翼種で出身も月華郷だが、少女の顔には見覚えがない。
「十六夜様の顔を見ても何とも思わないのね、この人でなし。
“何も知りません”って顔して、翼島の犬に成り下がって」
声に籠った怨みに青年の戸惑いは更に増す。
「一体何の話してーー」
「あなたさえいなければ!!」
襲い掛かった大量の黒い槍に、今度は壁が破かれて宵闇の体を掠めた。
槍は軌道を変えて繰り返し迫ってくる。
「ぐっ!」
「もうすぐここの幻将さんとはけりがつくわ。
あなたの大事なものなんか全部壊してやるんだから!」
槍に翻弄される宵闇を嘲笑し、赤紫の光は高速で上へと昇っていった。
(くそ!逃がす訳にはいかねえ!)
「邪魔だっ!」
壁で向かって来た槍を壊す宵闇の腰、ポーチが震えて淡い白光を洩らす。
「?」
『どの……シアです……聞こえま……』
「!!」




