リークとセリシア
「リーク様、宵闇殿、大丈夫ですか?」
「……ああ」
「……問題ない」
セリシアの問いかけに、二人は苦い顔で答えた。
壊れかけの投影水晶で彼女と最低限だけ話し、手っ取り早くと『移動法陣』を使ったのだ。
「リ、リーク様!やはりどこかお怪我を?」
「大事ない。ただの術の反作用だ」
半泣きで飛び付くグルムの頭を苦笑いしながら撫で、リークは灰銀髪の女性へと視線を戻す。
移動した先は、さして大きくはない泉のほとりだった。
リークには見覚えがある。
ディーラたちの群の里から少し南に離れた、島の中央近くに位置するそれなりに大きな泉だが、特に見る所も、何らかの曰くや言い伝えもなかったはずだ。
セリシアとグルムは、アスベルの指示である場所を探してここに来たらしい。
「それで、あの男は何を気にしていたんだ?
こんな場所に何の用がある?」
「その話の前に、一つ」
「?」
吐き気をこらえながら隣で見ていた宵闇は、瞬きもせずじっとリークを見つめるアスベルの従者が、ピリピリした空気を纏っている事に気づいた。
何か言うより先に、抑揚の無い声が響く。
「失礼します」
言うが早いか、背負っていた身長の半分ほどもある刃を、躊躇いなく目の前に立つ白い青年へと振りかぶった。
「!!」
後ろへと避けたリークの背が近くに生えていた木に当たる。その一瞬でセリシアの足が間を詰め……
「っ!」
眼を見開くリークの胸の前で刃が止まっていた。
「何の、真似だ」
「聞かずとも、ご自分でお分かりになりませんか?」
ほんの数秒の、攻防とも言えない一方的な奇襲を仕掛けた女性は、自分を睨み付ける翡翠の視線を静かな青紫で正面から受ける。
「今の貴方は、自分にすら圧倒されてしまう程の状態だと言う事を」
「うるさい……」
苦々しく吐き捨てた言葉は、肯定を隠しての拒否。
「貴方がたを呼ぶ原因を作ってしまったのは自分ですが、無礼を承知で申します。
自覚があるのなら、もう少し己の価値を理解なさって下さい。
二度と、治癒珠に頼るなどなさらぬよう」
「…………」
そのやり取りに、線を出していた宵闇も、大きく溜め息を吐いて武器を消した。
セリシアの行動に納得どころか、少し感謝する。
黒翼島跡の一戦の後休む間もなく術で翼島に飛び、
また直ぐこの島に移動して道無き道を歩き続けてセリシアを助け、
空間破砕を使う敵と一人で闘って気を失うほど消耗し、
さらに、谷に落ちて溺れる寸前までいった上に身体に大きな負担のかかる『偽型』を使ったのだ。
これで普通にしている方がおかしい。
宵闇にも、リークが無理をしているのは分かっていたが、何も言えずにいたのだ。
「な、何をなさったのですか?セリシア殿は!」
「あー、大した事じゃねえよ。心配するな」
目隠しをしている少年の頭を、宵闇の手がポンポンとたたく。
「リークが疲れてんのを気遣ってくれたんだよ。
ちょい手荒だけどな」
「……気遣ったのではありませんが」
「?」
「いえ、何でもありません」
素っ気なくそう呟いて、セリシアはリークに突き付けていた大剣を引く。
そして素早い動きで地面に人一人が入れる大きさの円を描いた。
「さあこちらに」
「…………」
険の混じった視線で促す女性に、リークは睨みつけながらも従う。
青年へ『偽型』の術を重ねている間も、セリシアはいつになく苛立っていた。
そう、宵闇には悪いが別にさっきの行動はリークを気遣ったからではなかった。
実際の所前々からこの、上司の妹があまり好きではない。自身を偽り続けなければならない身の上には同情するが、それを差し引いてもだ。
(この方は勝手だ。中途半端な考えや覚悟が誰を害するのか気にも留めていない)
セリシアは上位の月術が使え、かつ剣士としても秀でた才能を持つことから、部外者ながら彼女の『偽型』を聞かされていた。
今回のように術の支えが無くなった時の為に。
だから知っていた。
一定時間で解けてしまうその術を支えていたのが、身に付けていた治癒珠であることも、リークは知らないだろうが、その飾りが『遠隔からの術を発現させる只の橋渡し』であることも。
立場と、自分がこの青年の姿をしたやんちゃな姫を喚んでしまった自覚があるからこそ手は出さなかったが、本当なら頬でも打って「下手な真似をするな」と責めたいくらいなのだ。
(まぁ、言ったとしても無駄でしょうね。
それに、仕方がない)
そう首を軽く振って切り替える。
リークに術を掛け終わった所で、普段にも増して淡々とした声を出した。




