流された先にて(2)
「それより、これからどうする?滝の上に戻る道がありゃいいんだが」
薄闇の景色を見渡す。
ドザドザと落ちる滝は高い。
今立っている所も昔は大きな川だったのか、滝壺の端から周り一帯の地面が殆どツルツルとした岩になっていた。
離れた場所を遠くまで続く、人1人分ほど高さがある段差の上に木が生い茂っている。
茂みの中に道があるようには見えない。
「こりゃ、上に行くのは結構骨だぞ?」
うげっとした表情の青年に、少女は「そうだな」と滝の上を見ながら同意した。
「ふむ」と何かを考えつつ、落ちている小石を手に取って地面に円を描き始める。
「リーク?お前何やって……」
『偽りし形骸の面』
淡い光の円中で、ペタンと濡れた地面を掌が叩く軽い音と、聞き覚えのあるミシギシと骨や筋の軋む音。
二秒ほどの後、少女は青年の姿へと変化していた。
苦しそうに肩で息をする所へ宵闇が駆け寄り、ふらついた白い背を支える。
「その術、体に負担かかるんだろ?消耗してる今やる必要あんのかよ?」
「術の負担など慣れている。動くにはこの姿の方が都合がいい。
治癒珠が『偽型』を発動させ続ける術具も兼ねていたから、あれが無いと、効果の高い夜の内にせねば私一人では発動できんのだ」
姿勢を戻して、複雑な顔をしている宵闇へ向き直る。
「そんな事より重要なのは、お前がさっき言った、これからどうするかだろう」
頑なな様子に黒髪の青年はやれやれと思った。
幼い時から男で通しているせいか、リークは元々の姿を晒すのがひどく嫌であるらしい。
宵闇があの姿を見たのはまだ二度目だが、さほど人の美醜に頓着しない眼から見ても美人なのだ。
整った顔に白銀の長い睫毛、髪と瞳の色も含めてどこか淡く幻想的な綺麗さがある。
どこかもったいない。元の姿の方が引く手あまただろうにと、男の身ゆえか宵闇は思ってしまう。
まあリークの性格なら、その引く手あまたは煩わしいと感じるのだろうが。
それを差し引いても「骨格や筋肉を無理矢理変化させる術」など、体への負担は慣れるレベルのものではないはず。
理由は「翼島王家の慣習」らしいが、そんなものなくなってしまえと、宵闇は思う。
思うが、仕方の無いことも理解はしていた。
「……お前が大丈夫だってんなら何も言わねーよ」
話を切りかえるべく、ひとつため息をついて続ける。
「そー言えばあの女、『門』の場所教えろとか言ってたよな」
「やはりお前も気になったか?」
「あんな目に遭って、忘れる訳あるかよ」
キャスグローブに来てからバタバタしっぱなしで、時間が随分経ったように感じるが、それを言っていたゴーレムもどきと一戦やらかしたのはつい最近だ。
「けどさっぱりわかんねえ。黒翼島にもそれっぽいのは無かったしなあ……」
「ふむ。私もそれを探した方が良いと思っているのだがな」
「心当たり全く無しか?」
「ないな。
この島はよく知っている方だが、そもそも遺物自体がここにはないはず。
場所にも心当りはない」
前を睨んで答えるリークの様子に引っ掛かりを覚える。
「場所には?」
「……奴はディーラを贄にすると言った。
どうやるかの想像はつく」
「なっ……」
「資質の無い者が、無理矢理フラグメントを使おうとすると、どうなるか知っているか?」
「知らねえ」と答えた青年に、相手は目蓋を一度ゆっくりと閉じて、苦々しく言葉を絞り出した。
「喰われるんだ。文字通り」
「喰われるってーー」
「剣が変じて不適応な持ち主を取り込む。跡形も残らん。
そして剣の能力が強くなり、使用者への負担も上がる」
宵闇の顔から血の気が引いた。段差の方へと歩いていくリークを追いかける。
「おいおい。
それってやっぱ戻った方が良くねぇか?危なすぎだろ」
「あの黒翼の女が、その方法を正しく理解しているとは思えんのだ。理解していたとしても不可能に近い」
その返事を聞いた宵闇の上に?が浮かんだ。
立ち止まった青年を置いて、白い背中は翼を出して段差の上へと飛ぶ。着地して振り返った。
「よく考えてみろ。あれは、適さない『使用者』を喰うんだ」
翼を持たない宵闇が、上に生えた木に黒線を巻き付けて這い上がる。
「っしょっと……
って事は、ディーラを喰わせるにはあの嬢さんが剣を持って、使おうとする必要があるってか?」
静かにリークは頷いた。
「そして、ディーラはそれを知っている。私が昔、話したからな。
例え部下が犠牲になろうと、彼女は絶対にそれをしない」
なおも道のない木々の間を歩きながら、険しい翡翠の瞳で前を睨んで続けた。
「私に剣の気配が分かると言う事は、奴は完全に剣に適応している訳ではない。
遠からず、自滅する。
そうまでならずとも、ディーラも伊達に幻将を名乗ってはいないし、彼女の機動力と回復力なら下手を打たない限り、空間破砕は致命打にならない。
『門』とやらを探してみる時間くらいはあるだろう」
「そうか」
納得した様子でついてくる宵闇の前、見えない角度でリークは迷いを断ち切るように眼を閉じる。
脳裏には敵と戦った時の、何度攻撃しても回復して起き上がってくる光景が蘇っていた。
(自滅するはずなんだ。
奴が本当に血の通った人間ならば)




