流された先にて(1)
『月の雫よ再生をここに』
地面に描いた円から青白い光が立ち上る。
しばらくして立ち上がった女性は、腕に巻かれていた赤茶色の布を剥がす。ベリベリと皮を引っ張ってそれが剥がれた下は、血が固まっていたが出血の元になっていた無惨な傷は塞がっていた。
「何度見ても術とは凄いものですな」
感心するような狼男に「ええ、まあ」と少し青紫の眼を逸らして答え、セリシアは自分の寝かされていた場所の枕元にある投影水晶を拾って回す。
起動させてさほど待たずに上司が通信に出た。
『やあ、セリシア』
いつもと変わらぬ笑み。だが声が少し低い。
「アスベル様……ご無理をなさっていませんか?」
『していないよ』と浮かび上がっている映像の向こうでアスベルは笑う。
『君こそ無事で何よりだ。行方を読めなくなった時は、駄目かと思ったけどね』
「役に立てず、申し訳ありません」
『それはまぁいいよ。空間破砕相手に渡り合うのは、私でも難しい事だ。
それより、これからもっと動いてもらわないといけない。
リークも宵闇君も、そこにいないんだろう?』
「はい」と、セリシアは返す。
「リーク様は自分を逃がして件の者と……ディーラ様と宵闇殿はその加勢に向かわれたそうです」
『そして、私の作った治癒珠が今さっき使われた』
無表情だったセリシアがわずかに目を見開く。
『そう。探索を使った感じだと、どうも剣を奪われたらしくてね』
「ならばすぐに自分は……」
言い掛けた言葉にアスベルは首を横に振った。
『私が気になっているのは、リークの事より襲撃者の存在そのものだ。
そこにラジム殿はいるかい?』
「はい」
『なら彼と協力して、急いで今から言う場所を探してくれ。
おそらくは敵に関係しているはずなんだ』
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闇の薄くなった空。
藍色の景色の中で流れ落ちる滝の下に出来た、水が大きく大地を抉った穴に自然のものではない波紋が広がる。
水面を破いて現れた黒髪の青年は、ぶはっと思い切り息を吐いて少し咳込んだ。
「やっと上がれた……大分流されちまったか……」
言いながら自分の肩に引っ掛けた細い腕の先を見る。そこには眼を閉じてを息を荒げている、白銀髪の少女がいた。
貸した肩を少し揺らして問い掛ける。
「おいリーク、まだ生きてるか?」
「……無論だ。……ふざけた事を聞くな」
下を向いた顔から、思ったよりしっかりした声で返事が来た。宵闇は「安心したんだよ」と少し笑う。
「姿が変わった時は死んだかと思ってマジびびった。
お前がさっき自分で水吐いてなかったら、ふざけてられなかったぜ」
少女を支えた状態で滝壺の端へと泳ぐ。水に流され続けて体が怠重い上に、人一人分の重りのついた身体を何とか水の上へと移動させた。
その場に座りこんで、濡れた髪と脱いだ暗緑のマントを絞る。
「あー。身体中ずぶ濡れで気持ち悪ぃ」
隣でリークも岩の上に仰向けになって息を荒げたまま、顔に貼りついた髪を鬱陶しそうに掻き上げた。
瞳だけで周囲を確認する。
「火が焚ければ服も早く乾くのだろうが、近くに火種は無いようだな。
まぁこの気候だ。暫く我慢すれば乾く」
「ああ。
崖に飛び込んで滝から落ちて、まぁ、これぐらいで済んだのは逆に幸運って言えんじゃね?」
宵闇の軽い皮肉にリークは鼻を鳴らした。のろのろと起き上がり、息を整えるように深呼吸する。
「足を引っ張ったのは悪かったと思っている。
だがあの状況ではお前は動けなかったろう?
ディーラも下手をすれば自分と私を交換しろなどと言いかねない性格だからな」
「だからってお前がどうにかなっても良い訳ねえんだよ。自分投げ捨てるようなマネすんな」
ラグといいリークといい、俺の周りはこんなのばっかかよと、憮然とした宵闇の横で空気が震える。
見るとリークが少しだけ意味ありげに笑っていた。
「なんだよ」
「私がいつ自分を投げ捨てた?
わざと谷に落ちたのは、それなりに考えがあってやったに決まっている」
「お前まさか、俺が行くのを」
驚く宵闇に「ああ」とアルトの声が返ってきた。
「前に青毛を止めたのを見たし、ああいう行動は捨て置けるはずはないとな。
奴の破砕は下には無かった。私の治癒珠と、お前の線と壁があれば助かる可能性は高いと見たんだ」
「…………」
「私と言う人質がいなければディーラも動ける。マイナスよりプラスの方が大きい」
「賭けではあったがな」と言う少女に、青年は頭痛を堪えるように思い切り顔をしかめる。
頼られた事を喜ぶべきなのか、怒るべきなのかわからなかった。
「大丈夫だったからいいけどな。今度から絶対にやめろ、そーゆーのは。
俺の心臓が持たねえよ」
崖にダイブなんか二度と御免だ。
しかめた顔のままで宵闇はそれだけ言い、何かを考えるように自分の手の平を見つめた。
(あん時水の無い場所創れてなかったら、間違いなく溺れてたんだぞ。
あの『俺』、何もんなんだよ……)
「どうした?」
立ち上がって、まだ水を含んだ髪や服の裾を絞りながら見下ろすリークに「いや、何でもねぇ」と首を振る。
体が怠くて仕方がないが、そうゆっくりもしていられない。岩盤を踏みしめてゆっくり立ち上がった。




