幻将の元へ(2)
「無事だったかグルム!!」
地下トンネルを歩いておそらく3時間ほど。
突如土の中とは違う場所に出たと同時に、宵闇達は野太い声に迎えられた。
真正面に立っていたのは皮鎧を着て2足で立っている超巨大な狼。
(親父さんよりでけえ・・)
身長2メートルを越すバークオルドよりさらに頭1つ分は大きな姿に宵闇は言葉を無くす。
「ラジム様!」
グルムが顔を輝かせて狼男の所へ走り寄る。
そのまま体当たりでもするのかと言う勢いだったが、寸前で止まってピコピコと触手を揺らした。
「リーク様をお連れしました!それと、あっちの黒いのが宵闇殿です!」
「黒いの……」
片頬が引きつる宵闇に構わず、リークが灯りを消して止めていた足を前へと動かす。
「ラジム殿」
「おお、婿殿!」
「『婿殿』はよしてくれ。
兄とグルムから粗方の事情は聞いた。大変な事になっているようだな」
「ええ、お恥ずかしい限りで」
歯を鳴らしながら苦い返事をした狼男は、「歩きながら話しましょう」と付いて来るよう促した。
すでに日は完全に落ち、地下ほどではないが辺りはかなり暗い。
細い道の側面から僅かな星明かりで見える景色は断崖絶壁。
下の方から水の唸る音が聞こえる事も考えると、どうやら今歩いている道は、谷の岩壁を掘って造られている物のようだ。
「会合にも参加せず、このような形で島にお呼びする事になり、本当に申し訳ない。嬢に代わってお詫び申す」
「それは別にいい。こちらこそ人員が割けずにすまない」
「貴方が来て下されただけでもありがたい。それに聞く所では宵闇殿は守人として優れておられると」
顔だけ振り返って言う狼男に宵闇は複雑な顔になる。
「それ、アスベルに聞いたのか?
まぁ、どっちか言ったら確かに護りに向いてるだろうが、俺にはあんたらみたいな丈夫さも回復力もないぞ?」
「なに、それを黒翼である貴方に求める気なんかありはしません。
しかもこれは本来儂らの問題、あまり縋る気でいるのは軟弱にすぎる。
ただ出来れば嬢が気兼ねせず動けるよう、助けになって下されればありがたい」
「りょーかい。空間破砕とかにどこまで通用するかは分かんねぇけど、出来る限りは力になるさ」
同意する宵闇の後ろ、しばらく最後尾を歩いていたグルムが「あの……」と閉じていた口を開く。
「?」
「どうした?」
「えっと、少しなんですが、さっきから風に混じって変な臭いがするんです」
少年の顔は青ざめていた。
「む?」
ラジムも「言われてみれば」とばかりに暗闇中で光る鋭い目を道の外に向ける。
「同族ではない、血と煤の臭いですな」
「ここを襲っている者のか?」
「違うと……思います」
リークの問いにグルムは首を振り、小さな鼻をひくつかせて上を見た。
少年の方が大男より鼻が利くらしい。
「この上、血の臭いがひどい。
まだ、増してます」
「おい!それってーー」
宵闇がハッとして白銀髪の青年を見ると、同じ事をリークも思ったらしく険しい顔で頷き返してきた。
「セリシアかもしれん。確認する必要があるな。
しかし……」
今いる場所は片方の側面を除いて全て岩壁。細い道の外はすぐ崖だ。
宵闇に高い崖をよじ登るなどと言う芸当はかなり難しいし、翼を出せば飛べるリークにしても、崖の上まで登った所で探すのは困難だろう。
だが、手掛かりができた以上放っておくこともできない。
「リークとグルムが上を見に行って、ラジムの旦那と俺がこのままディーラって幻将の所に向かうってのはどうだ?」
宵闇の提案にラジムもふむ、と頷く。
「それが一番良いでしょうな。近くの狼も一頭、リーク殿の共にお付けしましょう。足代わりにはなるはずです」
「だが、私が抜けている時にディーラの群が襲われでもしたら……
後をつけられる可能性もあるぞ」
「なに、そうなったらそうなった時です」
迷うリークに、大男はニィと牙を剥き出して笑った。
「嬢も我らも丈夫さや足の早さには自信があるのです、そう簡単にやられはしません。
宵闇殿もおられる。
むしろ助人に来てくだされた方を、助けずに置くは我らの義に反すると言うものです」
「行ってくだされ」と繰り返すラジムに、リークは翡翠の眼を伏せて深く頭を下げる。
「グルム、私から落ちぬようしっかり掴まっているんだぞ。
宵闇……彼らの護衛を頼む」
「!
あ、ああ」
自分に向けられた言葉に驚く宵闇に背を向け、さらに聞こえないほど小声で何事か呟いた白銀髪の青年は、半透明の翼を広げて少年と共に崖の上へと消えて行った。
「何て言ったんだ?あいつ」
「頼りにしている、と聞こえましたな」
「は?」
宵闇がぽかんとした顔になる。
普段「軟弱者」だの「早く遺物の力を使いこなせ」だのと、言われたりせっつかれたりしている身としては、幻聴かと疑いたくなる言葉だ。
「そう驚くこともありますまい」
間の抜けた顔をしたままの宵闇の背をラジムが軽く叩いた。
「婿殿は世辞など言わん御人だ。『信に足る』と言う証明なのでしょう」
「俺にはプレッシャーなんだが」
「ははは!それもあるかもしれませんな。
ともかく我らも進みましょう。嬢のいる隠れ里までもう少しです」




