救出
土と血で汚れた青みがかった灰髪を振りながら、セリシアはひたすら走っていた。耳には自らの息切れと、草を踏みしめる足音だけが響く。
黒々とした森の中で何度も木の根につまづき、元々深い怪我を負っていた身体にはさらに新しい傷ができていた。
「はっ……はっ……げほっ!」
ズシャッ!!
感覚を無くした身体が近くの木にぶつかった所で動きを止める。
喉の奥から込み上げる血の味をこらえ、ぶつかった木に背中を預けてズルズルと座り込んだ。
(逃げきれたようですね……)
足元が見えにくいほど暗いのは幸運と言うべきか、空間破砕を使う黒い翼の少女が追ってくる気配はない。
震える右手で左腕を触る。
何とかして月術の円を描こうとするがうまくいかなかった。
『逃げられよ!ここは我らが引き受ける!』
黒いつぶてと空間破砕の前に突然飛び込んで来た、見知らぬ大熊らしき獣人の叫びが思い出される。
「助けに……来たつもりが逆に庇われ……帰ること……も傷を治すことすらも出来……ないとは、情けな……いですね」
切れ切れに自嘲めいた呟きを漏らしながら目線を落とす。
自分の血で濡れた歪な形の腕の先から、止まることなく液体が溢れ続けていた。
(主に、空間破砕の事が伝わっていればいいのですが)
投影水晶は短い単語を送った直後に壊されてしまった。届いたかどうかの確認も、向こうからの通信を受け取ることもできない。
(アスベル様、申し訳ありません)
そう、朦朧とした意識の底で思う。
青紫の瞳が閉じられた。
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「見つけました!」
高い崖を上りきり、待っていたらしき黒い毛の狼の背を借りて走ること数分。
血の匂いを辿っていたグルムが小さく叫んで、数メートル先に生い茂る森の木の一本を指差した。
「……セリシア!」
近付くにつれて、獣人ほどは夜目が利かないリークにも探していた人物の姿が見えてきた。
狼の背中から飛び降りて意識のない女性の首に軽く触れる。
(まだ脈はあるな)
確認と同時にセリシアと背を預けている木を囲む円を地面に剣で描く。
「グルム達は周りを警戒しておいてくれ。
『月の光よ再生をここに』」
薄く発光した円の中ぴくりとも動かない身体の傷が小さい物から少しずつ塞がっていく。
「さすがに『治癒』ではこの左腕は治せんか……」
腕と言うより所々ささくれ立った肉の棒に近い場所を見て小さく舌打ちをする。
(どうする……アスベルに連絡を取って移動法陣で飛ばすか……?しかし……)
「…………」
「リーク様」
しゃがんだ姿勢のまま黙り込むリークの背に、土竜の少年が小さく声を掛けた。
「?」
「一度、ここを離れた方が良いんじゃないでしょうか」
「何か臭うか?」
グルムは首を横に振る。
「いいえ。
でもこんなに血の臭いが強いと、ボクもあまり自分の鼻が信用できないので……」
「わかった、場所を変えよう」
顔をしかめて鼻を手で押さえる少年に、リークは短い返事をして自分のズボンの両裾を破いて結び付け、短い包帯の様になったそれでまだ血のにじむ場所を縛った。
「とは言ってもセリシアの状態はかなり悪い。長く動かしては危険かもしれん。
すまんが隠れる場所をーー」
「う・・」
グルムに指示を出しかけたリークの横で、女性の身体が僅かに震える。
うっすらと両目が開かれた。
「リーク様……?」
「セリシア殿!」
少年のほっとした様な声に、セリシアは目だけで周りを見渡し、安堵した表情で深い息をついた。
「リーク様が来られたと言う事は、送った通信が主に届いていたのですね」
「ああ。
行方が掴めなくなったと聞いて、お前の生存は半ば諦めていたのだがな。偶然見つけることができた」
そのまま、かいつまんでその後の事を説明する。
「そう……ですか……」
治癒の光に包まれながら聞いていたセリシアは、話が終わると小さく呟き、目を伏せた。
「なら、リーク様は急ぎディーラ様の処へお行き下さい。
これ以上、自分のために時間を割いて敵に見つかる危険を冒す必要はありません。足手まといは、捨て置いて下さい」
「な!?」
セリシアの言葉に、青年と少年は揃って驚きの声を上げる。
「助けて下さったことには感謝しています。
ですが」
「ふざけるな」
淡々とした声がリークの発した憤りの声に遮られる。
魔術の光に淡く照らされる、前髪の影からのぞく翡翠の瞳は明らかに怒りに燃えていた。
「……グルム、隠れる場所を作ってくれ。できればさっきの道までの通路も頼む」
「は、はい!」
ザリザリと音を立てて地中に消える少年。リークは黙ったままセリシアの右肩を支えて立ち上がらせる。
「貴方には他にすべき事があるはずです」
「黙れ」
置いて行けと繰り返すセリシアを鋭い目で睨みつけた。
「お前とて死にたい訳ではないだろう。
それに、連絡がつかなくなった昨夜からここに逃げてくるまで、この島の者達が代わりに犠牲になっていないとは言わせん」
「それは……」
言い淀む女性をそのまま引きずる様にして近くに俯せた狼の背に乗せる。
セリシアのベルトに持って来た投影水晶を挟み込み、狼に「先に行ってくれ」と促した。
狼の背に揺られるセリシアの耳に青年の声が響く。
「セリシア、私は自分の役目を理解しているし、放棄などしない。
お前達を守りながらではやりにくいことも確かだ」
「リーク様?」
狼が穴に入った処を見計らってリークの左腕が剣を振り抜く。
ギシッ!ガォン!!
爆音の奥聞こえる2つの叫び声に叫び返す。
「後で必ず追う!お前達は先に!!」
さらに3度破砕を使い、完全に穴の場所が判らないほどに地面を砕いた。




