その頃、翼島にて
フェルガリア王城・王の書斎。
大量の書籍と、見る者が見れば高価だと分かる調度品が並ぶ部屋で老人と男は向かい合っていた。
「あれは、どういうつもりだ?アスベル」
グレオールの威圧のこもった鋭い視線が、言葉と共に息子へと向けられる。
向けられた側は、いつもより幾分か真面目な雰囲気を纏い、いつもと変わらぬ微笑で応じた。
「あれは、とは?」
「何故リークを獣人の島に向かわせた?儂は許可しなかったはずだ。
お前はいつから儂より偉くなったのだ?」
「……独断で動いたことは、申し訳ありません」
素直に頭を下げる。長年の経験で真っ向からこの父に逆らうことは愚かだと分かっていた。
なるべく逆なでしない様に「ですが」と続ける。
「先に送った私の部下から、かの島に害為している者が『空間破砕』を使っているようだと知らせが届いたので……早急に動いた方が良いかと判断しました」
「ふん。だとしても、お前が拾った傭兵だけでも良かったのではないか?」
グレオールは不快げに鼻を鳴らす。
「あれはこの国の幻将。替えが効かんと言うのはお前も分かっているはずだ。易々と派遣しおって」
「宵闇だけではあの場所では動きにくすぎます。
それに、リークを出したことは我々への信頼にも繋がるでしょう?
正式な協力要請があったにも関わらず下手に出し惜しみを重ねては、後々の不信に繋がりかねません」
「万一、それでリークが使えんようになればどうする?」
「その前に私が動きます。替えの効く身でも、盾ぐらいにはなるでしょうから」
わずかな無言の時間。
空気を動かしたのは老人の手だった。
下がれと言う風に追い払う仕草をする。
「何もなければ多めにみてやる。だが、狸は調子に乗ると狩られるぞ?」
「肝に銘じます。では」
そう、うやうやしく一礼してアスベルは部屋から出た。
階段を下り、夜の僅かに灯りの灯る長い廊下を静かに歩く。顔には変わらぬ笑みが貼りついていた。
(可哀相な方だ)
自らの父を指してそう思う。
アスベルが幼い頃には既にそうだった。
人のための国ではなく、国のために人がいると思っている。
行き過ぎた愛国心は確かに島の守りを強固にし、税や商業の優遇で王都や一部の街に発展をもたらした。
しかし、貧しい村や街は少しの設備が増えただけ。
未だ十分な働き口もなく、貧富の差が産んだ火種を無理矢理に武力で叩き潰し、不満を圧殺することを日陰で繰り返しもしてきた。
口を開けば「国のために動け」
アスベルの祖父も病的なほどに伝統を重んじる厳格な人物だったと記憶している。
まるで、国を少しでも衰退させれば命を取られるのかと言う程に、時折怯えた表情を滲ませて書類と格闘していた。
あの祖父にしてあの父と言うべきか、まるで代々続いてきた呪いのように。
(凝り固まった狭い価値観と視野故に、外で動いているモノに気付かない)
笑みが消えた。
(だから私はーー)




