幻将の元へ
「うわ暗……すげえ空気湿ってるし」
「地面の中にいるのだから当たり前だ」
「よい、しょ!
これで大丈夫です」
宵闇達が降りてきた穴を手早く塞いで、小柄な人影が振り向いた。
フィレットと同じぐらいの歳だろう。毛に覆われた身体の上に、目隠しをした子どもの顔が付いていると言うちょっとしたホラーな姿が、見る間に普通の少年に近い状態になる。
その表情に混じるのは少しの心配。
「血の匂いがします。怪我をされているのですか?」
両方の背中と肩の間から、細長い触手の様なモノが揺れてリークに触れる。
目隠しをしているからには目が不自由なのだろうが、この長細い物で代わりに見ているのだろうか。
そんなことを考える宵闇の前で、リークは「大丈夫だ」と首を振った。
「この国に来る前にそこの奴と訓練をしていてな。真剣になりすぎて怪我をしただけだ」
柔らかく土竜の獣人に言いながら、術で造っていた光の玉を左手の腕輪に同化させる。
「来てくれて助かった。
久しいなグルム、少し背が伸びたか?」
「はい!リーク様もお元気そうで嬉しいです。ディーラ嬢様もお喜びになります」
白い手に頭をなでられたグルムと言う少年が嬉しそうに屈託ない笑顔を浮かべた。
「お前ら知り合いか?」
宵闇の言葉に、グルムがムッとした顔をする。
「ボクはともかく、リーク様をお前呼ばわりしないで下さい!
味方だと思ったので中に入れましたが、こんな人がご友人なのですか?」
「おいガキ、初対面で『こんな』呼ばわりされる云われは……」
言おうとした抗議がリークの続く言葉に遮られた。
「友人と言うには過ぎるが、一応味方だ。
宵闇と言う名だ。礼儀知らずはこいつが患っている不治の病だから多めに見てやってくれ」
「分かりました!」
「てめえら……どっちが礼儀知らずだよ」
顔を引きつらせる宵闇に背を向けて、グルムとリークは穴の奥へと歩き出した。
再び長い毛と大きな爪を生やした少年の腕が、狭い穴を人1人が通れるぐらいの幅に広げていく。
リーク越しの後ろから見ても、その背から嬉しそうな雰囲気が出ていた。
「リーク、お前そーとーここの奴らに慕われてんだな」
「それがどうかしたか?」
さして興味のなさそうに返ってきた言葉に宵闇は少し言葉に詰まる。
「どうって訳じゃ……
翼島で獣人ってあんま見ねぇから、ちょっと意外でな」
「別に。単に個人的にディーラのいる群、集落の者達と以前から交流があるだけだ」
「そ、そうか」
無感動に返事をするリークの声は『これ以上聞くな』と言っている様に見えた。
(何っか……嬉しくなさそうだな。そんな変なこと聞いたか?俺。)
浮かんだ疑問は、その後僅か十数秒で氷解する。
会話を聞いていたらしいグルムが、何故か胸をはって向き直ったのだ。
「リーク様は慕われて当然です」
「!!グルム、そ、その話は……」
「もしかしてまだ宵闇殿に伝えておられなかったのですか?照れることはありませんよ」
珍しくうろたえたリークの言葉をにこやかに遮った少年は、爆弾発言を投下した。
「リーク様は群の戦士が認める立派な武人であり、そして何より…………未来の嬢様の婿様なのですから、皆のあこがれの的なのです!」
自分の事の様に誇らしげな少年以外の周りの空気が凍りついた。
「えーっと、確認してもいいかグルム。ここの幻将って女だよな?」
「当然です。男同士な訳がないじゃないですか!」
何を聞くのかと言う風にグルムが怪訝な顔をする。
「…………」
笑いをこらえる宵闇と、微妙過ぎる表情を顔に貼りつけたリークが顔を見合わせた。
「そういうことか。なぁるほど」
「そういうことだ。笑うんじゃない!」
「何がそういうことなんですか?」
「いいや、何でもない」
不思議そうに聞き返す少年に、2人は同時に首を振った。
直後にリークが話を反らし……もとい、本来の要件を切り出す。
「ところでグルム、ディーラはどうしているんだ?
あんな真似をされて、彼女が黙っているはずはない。まさか動けないほどに酷い怪我をしているのか?」
彼は暗い顔で頷いた。
「奴を退けた時に仲間を庇って片翼と足を。
ですがすでに殆ど回復しておられます」
「回復してるなら何で出てかねえんだ?」
宵闇の至極もっともな疑問に、少年は首を振る。
「あの方は勿論すぐに動こうとなさいましたが、皆で止めたんですよ。
幻将だからと嬢様一人に頼り切りでは駄目だと、他の群の長たちも各地で動いて下さってますので、せめて完全に体力が戻ってからと説得して……」
「そうか」
「他の群って、そいつらで大丈夫なのかよ」
返り討ちなだけじゃ、と言い掛けた宵闇をリークが眼で制す。
「大丈夫とは言えんが、元々この島の幻将は季節の一巡り毎に話し合いで決めるから、ディーラに引けをとらない戦士も何人かいるらしい。
群中の繋がりは強固だし、縄張り意識も強い。
返り討ちになろうと、住みかを汚す輩と戦いもせず逃げ隠れするのは、プライドに反するのだろう」
口ではそう言いながらも青年の顔は普段よりも厳しいものになっている。
「どの道、我々に今できるのは彼女の所に向かう事だけだ。
彼らが動いてくれている間に道を急ごう」
「……そうか、そうだよな」
宵闇はセリシアの事も尋ねようかと思ったが、リークの不安を無理にでも抑えている様子に口をつぐんで後に続いた。




