黒翼島跡地(4)
フェリオンの体が前に引っ張られる。
持っていたワイヤーを離すが、その間に目の前に銀光が出現した。
身を捻ったそのわき腹がえぐられ、わざと後ろに飛んだ茶髪の青年が瓦礫に背中から激突する。
「フェリオン!!」
「お前達ごとき」
走ろうとするリークが止まる。
「くっ」
「我を凌駕することなどできん!」
瞬間移動に近い速さで迫る影から赤光が飛び、白い腕を裂いた。
「が、ああぁあっ!」
ギシ…………バリンッ!!
リークが自らも巻き込まれる覚悟で発動させた、空間破砕が黒い姿を数ヶ所捉えるが、青年の方が耐えられず崩れ落ちる。
さらに地に付いたその背を襲う重圧。
「お前は、自分を『月か?』と我に問うたな?」
踏みつける力を強めながら、見えない口から語り掛けた。
「否と応えておこう。
我の言う『月』とは、この地の守り手だった者の事、そしてそれを継ぐべきだった者の事」
片腕を振り、取り囲む宵闇の線を引きちぎる。
「な……」
驚愕に目を見開く宵闇へと腕が伸び、その首を掴んで易々と身体を持ち上げた。
「……ぐ…………はっ……」
「まさか、このような小僧に継がれていようとは思わなかったがな。
前の娘と言いとんだ外れだ」
自分を見上げる銀の瞳の奥にうっすら殺意を感じ、宵闇の背中を冷や汗が伝う。
目の前を走る小さな光。
「人のダチを『外れ』とか好き勝手ぬかしてんじゃねぇよ!」
ラグの声と同時に黒い腕が落雷によって炭化する。
「どーゆー体してんのか知らねぇが腕無くなりゃちっとは不便だろ。
第一、てめぇの狙いはオレじゃなかったか?おい」
「やはり勝てぬと知っていながらもなお小さき牙を剥くか」
威嚇する様に睨む紫の瞳に、嬉しそうな銀の視線が向けられた。
地面に足の付いた宵闇が、本体から離れた手首を引き剥がし、咳き込みながら近くのリークを引きずるように背負ってうずくまるフェリオンの場所に走る。
「リーク、自分とフェリオンの怪我、治せるよな」
「お前はどうするつもりだ」
「ラグ一人にあいつは荷が重すぎんだろうが」
「お前が加わっても荷が重すぎるだろう」
「いや」
剣で地面を削りながら、険しい顔を向けるリークに、宵闇は冷や汗を拭いながら返した。
視線の先には、ラグと斬り結ぶ黒巻きの奇人。
「以外と何とかなるかもしれねー。
あいつ確かに化けモンじみてるが、遊んでやがる。
しかも何でか、特にラグ相手には手加減してるみたいだ。
怪我治したりもできねーみたいだし、まぁ見てろって。
失敗しかけたら援護よろしくな」
「だから早く治せ」と言う言葉に、少し沈黙したあとリークは力強く頷く。
『月の光よ再生をここに』
地面に書かれた円が発光した。
「どうした?防ぐだけの能しかないか?」
「……ちっ!」
赤色の刀の嵐を辛うじて捌きながら、ラグは舌打ちする。
前に遭遇した時に直線で首を斬ろうとしてきた奴が、今は捌けるギリギリの速さで急所も狙わず太刀を向けてくる。
受けきれず身体中に傷はついているものの、やや深く左腕をきられている以外は、かなり小さいものばかりだ。
(なめやがって……)
(こいつは絶対ぇ潰す!)
普段なら絶対使わない奥の手を出してでも、息の根を止めると心に決めた。
頭の中を切り替える。
今自分のいる場所、仕掛けた針とつぶての位置、リーク達の気配を冷静に読んで計る。
明らかに遊んでいる様子の影を鋭く紫眼で見据えながら、思う。
(せいぜい楽しんでやがれ。原型留めねぇ焦げ肉にしてやる。
3・2・1ーー)
「ラグ!やめろ!!」
「!?」
鋭い声と視界を覆う線の束に、心の中で数えていたカウントダウンと、二重に紡いでいた術が中断された。
直後に現れる黒い壁。
「無粋な…………!?」
「フェリオンの言葉じゃねぇが、あんた遊びすぎだ。同じ手なんか誰が使うかよ」
「おのれ……」
膝から下を隙間無いほど絡み付いて縫い止める線を、銀の瞳が睨み付ける。
「宵闇!来るんじゃねえよっ。オレ一人で何とかなる!!」
ラグが少し後ろに立つ宵闇に怒鳴るが、宵闇は逆に「ふざけんな!」と怒鳴り返した。
腕を動かし続けて、黒巻きの奇人と地面を縫い付ける線を増やしながら、苛立ちをにじませた目を横に一瞬動かす。
(バラ蒔いてるヤツと形に見覚えがある)
「俺が来なかったらあいつもろとも自爆するつもりだっただろうが!」
「…………っ!」
どうやら図星のようだ。
この紺髪の友人のこの性格は頭痛の種だ。
『肉を切らせて骨を断つ』どころか、『相討ち上等』とばかりの真似を度々やらかすのだ。
ラグのコレを見たのは以前一度だけだが、小さな街が半壊したその時の惨事を思い出すだけで、暗澹たる気分を引き起こす。
宵闇としては、さっき忠告した『前科』はこれを指したつもりだったのだが、当人には伝わらなかったのか無視する気だったらしい。
「それ封印しろって、親父さんも俺も言ったよな?」
友人の言葉に、ばつが悪そうに紫の瞳が逸らされる。
それを見た銀の瞳が鋭さを増した。
「どこまでも邪魔だな。なに故にその者の牙を抜く!!」
「五月蝿ぇ、戦闘狂が」即座に言い返す。
「てめぇみたいな変人の考えを俺に押し付けんじゃねぇよ。俺が納得いかねぇから止めただけだ!」
言葉と同時に数十の線を思い切り引き、黒い足と胴体の間に『壁』を発生させる。
ザグン!!
乾いた物を切る様な音を立てて、壁が足を切り離す。
「ラグ!」
「分かってるさ。『ヴォルト!』」
残った足の上に雷が直撃し後には細かい塵が残るだけになった。
肩で息をしながら倒れた上半身を見る。
切断された腿の部分から零れていたのは、血ではなく砂。
「ゴーレム……?」
滅多に見ないが、たまにゴーレムと呼ばれる砂の魔物に出くわす事がある。
術で造られ操られたモノ・特殊な鉱石の付いた杖なんかを核にして湧いたモノなんかがいるが、異常な速さで動く事も、確かな自我を持って行動することもあり得ない。
(ってことは……)
両手から線を出したまま睨む宵闇へ、黒布を巻いた顔が向けられる。
その眼は、明らかな笑みの形に歪んでいた。
「何笑ってやがる」
「くくく……はははははっ!」
「?…………!?」
体を震わせるその体にあったはずの右腕と、握られていた赤い太刀が無くなっていた。
「宵闇!」
リークの叫びに咄嗟に壁を作り、背後から迫った刃と、それを狙った空間破砕を防ぐ。
破砕の力に弾かれた太刀が空中で回転してフッと姿を消した。
ボロボロと黒布の間から土を零して崩れながら、残された身体が震え、笑い続ける。
「邪魔をされたが、お前が『月』である限り再びまみえる事もあるだろう。
リック=バートン!お前はもっと強くなれ!!
は、はハ、ハハはハハ!」
「いい加減黙れよ。変態野郎」
氷の様なラグの声音と同時に宙から落ちた、数本の雷に穿たれた身体が崩壊の速度を早める。
ほどなく耳障りな笑い声は聞こえなくなった。




