宵闇の過去(2)
獣人の島キャスグローブ
森の中は日中にも係わらず薄暗い。案内無しに部外者が踏み込めば、迷うこと間違いなしと思われる樹海を見渡しながら、セリシアが歩いていた。
少し先を歩くのは、長い体毛に覆われ、頭の横から角を生やした人物だ。
「やはり、他島民からはこの森が珍しく思えるので?」
鹿と山羊を合わせて二で割った様な獣の頭が、少しだけ振り返った。
「はい。話には聞いていましたが、自分は来るのが初めてですので」
いつも通りの静かな口調で答えながら、「しかし……」と続ける。
「所々、荒れている様に見えますね。
これが、手紙にあった侵入者の所業ですか?」
「ええ。恥ずかしながら我々も手を焼いております」
アスベルの所に伝書鳥が来たのは二日前。
中には会合欠席の意思と、キャスグローブに点在する、獣人の集落を襲った侵入者について書かれていた。
正体も目的も不明。突如現れ手当たり次第に集落を襲って住人を殺しては、姿を隠す事を繰り返しているらしい。
「我らは耳や鼻や眼には自信がありますが、セリシア殿らと違い、それすら届かん者を魔術とやらで追うことはできません。
そればかりは嬢でもどうにもならんことで」
嬢と言うのは、おそらくこの島の幻将の事だろう。
「たとえ術でも、面識も無い特徴も知らない相手を探す事は出来ませんが?」
「嬢が奴を追い払った時に間近で見ております。俺も含めてその場にいた数人も。
見た目は鴉に近いが同族ではない、金の眼をした坊でした」
(鴉……金の眼……)
話しながら歩く内に視界が開けてくる。
ほどなく、所々壊れた藁葺き屋根の家が立ち並ぶ集落へと出た。
外にいた数人の獣人が珍しそうにセリシアを見る。
「よそ者……?」
「なぁ母ちゃん、あの人の皮白いねー。」
「そんなこと言うんじゃないよ。島の外の人なんだよ」
「え、じゃあ、叔父さん殺したのと同じ奴!?」
「違うよ。ベイズが一緒にいるだろ?嬢の客さ」
あっと言う間に人だかりができ、壊れていない家へと案内された。
家の中でまで子どもたちに周りを囲まれ、戸惑い気味のセリシアに、ベイズが笑いながら毛布を手渡す。
「皆、外のお人なんて滅多に会わんので珍しいんです。坊らの無礼は多目に見てやってください。
ここまで来れば明日には嬢の所まで行けます。
夜は視界が悪くなる。今日はここで休みましょう」
「はい」
服の袖や背中の剣を引っ張る子どもたちを見ながら思う
(さほど深刻ではないのかもしれませんね。
あちらも色々心配ですし、なるべく早く戻らなければ)
浮かぶのはいつも目の前で繰り広げられる兄妹のやり取り。
(主の盾が一枚減っている時に諍いが起こらなければいいのですが)
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すでに軽い諍いは起こっていた。
(宵闇が、なぁ。
何もないはず無ぇとは思ってたけどよ)
アスベルの言葉を聞いて、第一にラグが思った事だ。
「元々黒翼の島と交流が深かったのは第二翼島の方だが、ウチともそれなりに関わりはあってね」
どこか懐かしむ様に法衣の男が言う。
「あの島最後の幻将となってしまった十六夜と共に、宵闇君とも何度か会っていた。
私の家族である君もね」
「?」
「不思議に思うだろう?
無理もない。私も最初は戸惑ったものさ」
「……おい、まさか……」
「その十六夜って奴か?リークと宵闇と、あとあんたの記憶欠けの原因」
訝しげに眉を寄せるリークの隣で、床に胡座をかいて膝に頬杖をつきながらラグが言う。
「や、多分その言い方だと、そいつに関わってた奴全員だな」
「その通り」と、アスベルは笑う。
「母上にも父上にもその人の記憶がない。『名前や顔を忘れた』ではなく、『その人を中心にした関わり自体の記憶が残っていない』んだ。
幸い私の手記には残っていてね。名前と、女性だった事は知っている。
しかし、顔すら思い出せない」
「関わった者全てだと?
そんな真似出来るはずがない」
「そう言うと思ったから。
言っても仕方ないどころか、無駄な面倒が起こりかねない事だから黙っていたんだよ。
知ってしまえば、欠けた部分を埋めようとするのが人の性だからね」
「本当にそれだけか?
それくらいの事な割には、やたら頑なに隠してた様に見えるけどな」
胡散臭げにラグがアスベルの顔を見上げる。
「それくらいと言えるほど、簡単な事ではないよ。
それに、解らないかい?」
色白の手がリークの事を指差す。
「ここにもいるじゃないか。術ですら実現し得ない、『ありえないこと』をする者が」
『定めた範囲内を空間ごと破砕する』非常識な特技を持つ本人が眉を寄せた。
「遺物の保持者か」
「私はそうだったんじゃないかと考えている。
宵闇君もね。
彼を見た時、不可思議な揺らぎを纏っていた。
前後に何があったか分からずとも、リークと同じだと思ったよ。
ただ、あの時点では彼をいつまでも抱えておく有益性はなくてね。
いつか必要になれば使えるだろうと思って、ギルドに置かせて監視だけしていた、と言う訳さ」
(この野郎、堂々と宵闇を道具呼ばわりしやがった)
リークも同じ事を思ったらしい。
ギリ、と剣の柄を握ったかと思うと、目にも止まらぬ早さで鞘から振り抜いてまた収めた。
一瞬の間を置いて、アスベルの座っている机の端が木屑と化す。
「危ないね。せっかく質問に答えたというのに」
「うるさい」
顔も合わせずに踵を返し、入って来た扉へと向かう。
「貴様が何でも利益の有無で考える事を再認識出来た礼だ。黙って受け取れ」
それきり一言も喋らずに部屋を出て行った。
ラグは呆れ顔でアスベルの方を見る。
「あんた、ホント人を怒らせるの好きだな。
特にリークはあんたの弟だろ?そんなに嫌いなのかよ」
「私は請われた事に答えたまでさ。リークの事は好きでも嫌いでもないね」
「……ふーん。
まぁいいや、オレも行くわ。そろそろ宵闇も戻って来る頃だろうしな」
腕を振りながら屋敷の主に背を向ける。
キキン!
アスベルが張った防御壁に、数本の銀光が突き刺さって止まった。
「ああそれ、道具の1つからささやかなお礼だよ。受け取っといてくれ」
意地が悪そうな笑いを含んだ青年の声に、男は苦笑いしながらゆっくり首を横に振った。




