疑念(2)
(あれは、後で話すと言う意味なのか?
だが、悠長に待っていられるものか!)
リークは眉間に皺を寄せて、白石の上に濃い青の絨毯が敷かれた廊下を歩く。
リークも常から疑問だった。
本人も自覚していない遺物使いであった宵闇を、どうやって見つけたのか。
強引に巻き込みリークと対峙させた訳。
おそらくその答えは先の「黒翼種捕縛追放令」にある。
極秘文書は主に父と、その下で兄が管理しているし、一般人でも見れるような記録に用は無い。
何か知っている可能性があるとすれば母だ。
当然、自分にも一人二人はアスベルの目が付いているだろうし、探そうと思えば探して追い払えるが、そこまでコソコソする気は無い。
早足に長い階段を上り、国王夫婦が普段いる王の書斎へ向かった。
金で細かく装飾された重厚な扉の前で、軽く深呼吸し、ノッカーを叩く。
「リークです」
「入れ」
短く返ってきたのは父の声。
「失礼します」
「珍しいわね、あなたからここに来るなんて」
「急にどうしたのだ。騎士隊に何か不都合でもあったか?」
書棚で周囲が埋め尽くされた部屋の中央から、初老の男女が声をかけてくる。
背中の半ばで纏めている艶を失った長い白髪、リークよりも少し濃い翡翠の瞳。
華美ではないが上等な布で作られた深い紫のローブを着込んだ老人が、今翼島の頂点にいるグレオール=シルメリスだ。
年齢は60。顔こそ昔より皺が増えたが全く衰えを知らぬ威圧を持つこの父が、リークは正直苦手だ。
王としては尊敬している。
騎士団を束ねるリークや、城仕えの大臣たち、各地を任せている領主からの報告に全て目を通して、常に国内の安全と平穏と発展を考えて命を下している。
事実、この父の代で、莫大な費用と技術者を必要とする移動塔の設置都市が増え、怪我の治癒や病の者への薬の投与を行う治癒所が小さな街や村にも配備された。
先々代が成せなかった、月術の『移動法陣』を利用しての大規模治水計画も推進され、小さな井戸の水に頼っていた地域にも、水が濁らず絶える事のない人工の泉がもたらされた。
玉座に座っているよりも、書斎で書類に目を通していることの方が圧倒的に多い。
だがその反面、家族に対しても仕事の事以外はろくに喋らず、アスベル以上に周りを駒としか考えていない節がある。
加えて王族と言う立場に特別なこだわりがあるらしく、身分の低い者とは会おうともしない。
リーク自身は、自らの身分に大してこだわりはない。
誰か統率するものが居なければ、国が成り立たないのは理解できる。
だが、生まれの身分で存在価値まで決めてしまおうとする考えには、どうにも居心地の悪さを感じてしまうのだ。
だから父王のことは、価値観の意味で苦手だった。
(早く母上とこの部屋を出よう)
「いえ、隊に不備はありません。北方の賊の討伐に向かわせた部下達も、昨日には戻っております」
報告しながら母を連れ出す理由を探す。
「私も夜通し警備の指揮をしていたので今から休もうと思ったのですが、幼き頃に母上から頂いた苗木が見事な実を付けたので」
「そのような事をわざわざ知らせる必要はない。
お前は国を守る事に、己の全てを注ぐ責務があるのを忘れてはいまいな?
その剣を持つ意味は教えた筈だが?」
不機嫌さを隠さず言い捨てるグレオールを、傍らの老婦人・エレーナがなだめる。
背中の半ばまである灰色の髪に明るい空色の瞳。
裾が地面に付くかどうかと言うほど長い、落ち着いた薄青のドレスを着ている。
「そのくらい良いではありませんか。むしろわたくしは嬉しく思います。
リーク、確かその木は騎士の立ち寄所にありましたね?
今、見に行ってもよろしいかしら?」
「はい。私もこれから戻りますので、共に参りましょう」
そう柔らかく微笑んで、リークは扉を再び開けた。




