幕間
セイングランドの東、虹の海に浮かぶ小さな島々の内1つ。
辛うじてかつて人が住んでいた痕跡の残る地に、全身を黒い布で巻いた姿があった。
「彼の者が身を捧げて救った地が、今やこれだ。
近代の『月』は度しがたい」
銀の瞳が憂いを帯びる。
「『月』のせいかな?
わたしは時の流れの結果だと思うがね」
背後から声がかかったが、その姿はない。
「悲劇が襲うか忘却に沈むか、何にせよ失われるものは失われる。
君のその体も、化したわたしもその1つだ」
言葉の内容とそぐわない、どこか笑いを含んだ声。
「『風』よ、貴様はそれを受け入れるのか?」
「人でなくなったことはとうに受け入れているさ。
だからこそ、自分の見る劇は面白可笑しいものが望ましい」
「劇扱いか……貴様らしいな」
「君は、舞台に上がる気満々に見えるね」
「知った気配を追ってみれば、面白い子どもに会った。
血が騒ぐ!我の存在を強く感じる事ができるのだ!」
黒い布をなびかせて、眼前へと掲げた拳を握り直す。
そして、爛々と輝く銀光をどこへともなく向けて背中の太刀を抜いた。
「我は自身に従って望みを果たすまで」
虚空を一線、間を置かず地面へと刃を突き立てる。
地を伝って起きた小さな衝撃波が、太刀の周りで円形に砂埃を巻き起こした。
「邪魔になるものは、抹消する!」
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『逃げた奴まで殺すことねぇだろ』
『危ないのの種は刈っとく方がいーんだよ、新人』
『受けた仕事は護衛なんだ!依頼人を守れさえすればそれでっ』
『で、オレらがいなくなった後はどうぞ襲って下さいってか?』
『…………そんなことは……』
『殺らなきゃ殺られるってのが当たり前なのさ。
親父さんも何で、こんな甘ちゃんにでかい仕事回したんだか』
宵闇がギルドの一員として働き初めて間もない頃、組んで仕事をした帰りでの口論だ。
「あの頃は宵闇の事大っ嫌いだったんだよなぁ」
小さな街から少し離れた道沿いにぽつんと建つ、街の間を往来する者のために作られた休憩用の小屋。
備え付けの古びた灯りを横に、ラグは宵闇と会ったばかりの頃を思い出していた。
「襲って来た奴でもなるべく殺したくない」
そんな事を堂々と言う宵闇と、
「命乞いしようがそんなもん知るか」
と刃を振るう自分。
正反対。
それはもう、今思うと笑えるぐらい仲が悪かったのだ。
あまりにも、その言動や行動に苛立ち過ぎて、毒針まで使ったほどに。
「オレ、いつからあいつを気に入ったんだっけ?」
多分甘いことを言うだけの腕と意志を、自分と対等だと思うレベルまで認めてしまったのだろう。
きっかけになった大きな転機はあったが、その前には既に認め始めていた。
当時バークオルドは宵闇とラグを組ませる事が度々あったし、その中で何度か宵闇に助けられたのもある。
「感化、されてたんだろーな……」
翼島は貧富の差が激しい。
わりと華やかな首都フェルガリアと違って、街そのものに仕事場が無く、自給自足もできないような食いっぱぐれ量産地域も多数存在する。
昔に比べたら徐々に改善はしているらしいが、まだまだだ。
ラグが生まれたのも、そういった砂漠が広がる地方にある小さな村の一つで、村のほぼ全員が裕福な者を襲って生計を立てる賊だった。
獲物にした富豪や商隊には皆容赦がなかったが、それでも、周辺一帯の村に物資を分け与える義賊としての側面も持っていた『バートン一家』
頭領が定めた掟のもと、仲間の結束は固く暖かかった。
もう、十年以上も前の事だ。
今その頃の家族や仲間は――誰一人生きてはいない。
ある日突然夜中に襲撃されたのだ。
戦える者の中では抜きん出て幼かったために仲間に庇われ一命を取り留めた。
戦えない弟分妹分や義理の姉が根城ごと亡き者にされたと知ったのは、そのすぐ後の事だった。
無力だった自分と住みかを襲った者達への復讐心。
拠り所を失ったやり場のない苛立ちと空虚感。
生き延びてから、バークオルドに拾われるまでの野良犬のような生活で染み付いた、周囲への不信感。
そんなモノにとり憑かれていた自分を、わずかでも丸く変化させたのは、あの絶滅危惧種のお人好しだ。
しかし
「あー……だめだ。
あんの黒巻き野郎、嫌な事思い出させやがって」
自慢ではないが、何も考えず真っ先に本能的に「逃げ」を選択することなど、少なくともギルドに入ってから全く無かったのだ。
あのリークと対峙した時でさえ、怖れより計算が先に来た。
「情っさけねぇなぁ、オレ」
自嘲の呟きは、誰に聞かれるともなく辺りにわだかまる闇に吸い込まれた。
そして、夜は空ける。




