フェリオン(4)
「全くあいつはっ」
ドスドスと怒りの籠もった足音を立てながら、リークは廊下を歩いていた。
「よくあれで幻将が勤まる!万一何かあったらどうするつもりだ!」
「おや、どうしたんだい?ひどく機嫌が悪そうだね」
突然横から掛けられた言葉に、視線だけ動かす。
いつの間にか横を歩いていたのは、自分と同じ白銀髪に翡翠の目をした男。
「アスベル、今までどこにいた」
「少し父上と相談事をね。
何か私に用があったのかい?」
思いの他まともな返事が返ってきた事に驚きつつ、アスベルが聞き返す。
「お前の下で宵闇の動きを見ている奴らがいるだろう?
フェリオンが一緒にいるから、彼の護衛を頼みたい。私の部下では目立ちすぎる」
「一緒にって、もしかして彼の趣味かい?」
イライラするように目を瞑って深い息を吐く。
「ああそうだ、観光がしたいらしい!
まぁ、その辺の奴らが束になっても不覚を取る訳がないが、酒を飲んだり寝ている間に狙われるとも限らんからな」
警戒する理由は二つ。
一人で会食の席から離れて外に面する通路にいたり、夜遅くに酒場に行くと言ってみたりと、フェリオン自身が狙われるのを待っているかの様に見えたのだ。
それと、考えたくはないが……
リークの意図に気付いたアスベルが「念のためだね」とうなづいた。
「あと聞いているかもしれんが」
「遺物を示すような資料が見つかったのは聞いたよ。
当然、調査を頼む。
本当にフラグメントの類だったらその場で破壊してくれてかまわない」
「そのつもりだ。
明後日の、宵闇の仕事が済んだら向かう」
「明後日、か……」
アスベルの呟きが何か考える様な響きを含む。
「何かまずい事でもあるのか?」
「いや」
首を横に振る。
「セリシアに頼めば多分事足りる。
君達は調査に専念してくれればいいよ」
そういつもの笑みを返して、男は自分の部屋の方へと去って行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「帰ったか」
「ただいま、親父さん」
翼島城下町、オルド商会区の端にあるギルド向かいの酒場。
奥に座っていた大男が近付いてくる青年に青い目を向ける。
身の丈2メートルを越すがっちりとした体躯。鼻梁に刻まれた横一字傷。
商会を束ねるバークオルドだ。つまり宵闇やラグの上司で、皆には「親父さん」と呼ばれている。
「遅かったな、陛下や殿下はお元気だったか?」
「陛下は俺みたいな下働きの傭兵に会う気はないらしいよ。
リークは元気だった」
「そうか」
視線に探るような色が宿る。宵闇を通り越して、入り口の近くに座る茶髪の青年を見ていた。
(やべ、他に大して空いてるとこ無かったから連れて来たけど、親父さんがあいつの顔知らねぇはずねーよな)
宵闇が翼島の王族と知り合いなのは周知だが、あくまで民間の傭兵として、報酬を貰って仕事をしているだけと言うことになっている。
ラグのような仕事をしている者もいるのだ。セイン家や彼らが統率する騎士には、必要以上に関わり合わないのが当たり前。
懐に呼んで酒を飲むなど、何の揉め事を呼ぶか分かったものではない。
(どうすっかな……)
言い訳を考えている内に、よりにもよってギルド仲間の一人が、完全に出来上がった顔でフェリオンを引っ張って来た。
「よぉいやみー、このお兄さん誰よ?もしかしてどこかのお貴族様?」
「勘弁してくれ。んな訳あるかよ。
仕事でも関わりたくねぇってのに」
「旅行に来て開いてる酒場探してたんだ。
それで彼と会って案内してもらっただけさ」
すかさずフェリオンがしれっとした顔で誤魔化す。
そしてそのまま近くの椅子に座って料理を注文しはじめた。
「あっは!そぉだよねぇ!この前大怪我したのに、宵闇があいつらとそんな仲良くしてるはずないもんねー」
「……ああ」
内心で胸を撫で下ろす。
とりあえず納得してくれたらしい。
後ろで座る大男も、何も言わない所を見ると黙っていてくれるつもりなのだろう。
宵闇も店員に柑橘酒を頼んでバークオルドの向かいに座る。
「親父さん悪ぃ、明後日あっちの用事で出ることになっちまった。
それと、アレも」
言いながら、目線で斜め後ろにいる青年を示した。
返って来たのは「仕方ねぇな」と言う短い返事。
「それより宵闇、お前はいいのか?」
「?」
怪訝な顔をする部下に、木の皿に盛られたツマミを取りつつ大男は続けた。
「こないだ死にかけたみたいなモンに、ずっと首突っ込み続ける覚悟できてんのかってことだ」
見開いた月の瞳に、突き付けられた長貝の干物が映る。
「それは……」
「最初は王佐殿に逆らったら俺達に被害が及ぶとか考えてやがるのかと思ったが、それにしちゃえらく積極的だしな」
「そうか?」
「ほとんど毎日出てって、リーク殿下と手合わせしてるだろうが。
お前がそんなに強くなりたがってるとは思わんかった」
「そうじゃねぇよ。足引っ張って仕事中に味方に斬られんのは嫌だからな」
実の所リークは脅しはしても味方を斬るような真似はしないのだが、ロスト・フラグメントに関する事は説明できないので彼女のせいにしておく。
バークオルドは宵闇の返事を聞いてもまだ何か言いたげだったが、結局何も言わずに麦酒を喉へ流し込んだ。
コツンと空のグラスが机に置かれる小さい音が響く。
「……ごめん親父さん。
本気で関わってっていいのか自分でも迷ってんだ。
この話は、また後にしていいか?
ラグも巻き込みたくねぇのに巻き込んじまってるし……本当にすまねぇ」
沈黙を破って暗い顔で言葉を絞り出す宵闇の肩を、大きな手が軽く叩いた。
「ラグへの詫びはあいつ本人に言え。
ただあいつもあいつで、何考えてんだか知らねぇが進んで巻き込まれてんだし、ここの奴らにしたって火の粉が飛ばん限り、お前がお偉方とつるんでて悪いとか思いやしねぇよ。
限度はあるがな」
言外に「連れてくるのは止めとけ」と含ませると、奥にある階段を上って行ってしまった。
フェリオンの方に目を向けると、余程慣れているのか、既に近くのテーブルの輪に溶け混んで談笑していた。
「あれ?親父さん出てっちゃった?
宵闇もこっち来なよ、このお兄さん面白いよー」
「フィルって言うんだってさ。あ、知ってるか。
こいつもグランドで傭兵やってんだってよ」
「あー、そりゃためになるかもな。今そっち行くわ」
(フェリオンの奴、すげー場慣れしてんのな。
フィルって誰だよ)
半ば呆れつつ、席を立って一際賑やかなテーブルに近づく。
「フィル知ってる?宵闇ってさぁ……」
「え、そうなの?」
とっくに日が変わっている時刻。酒場の一角で続くお祭り状態。
眠気が出て来たのか宵闇の視界が霞んできた。
映るのは、仲間達とフェリオンと……
「?」
一瞬自分の隣に黒い髪と月の瞳の少女がいた、気がした。
(んな奴いるはずねぇ。気のせいだ、気のせい)
そう首を振って自分に言い聞かせる宵闇を周りが不思議そうに見る。
「宵闇、どったの?」
「お前目付き悪ぃんだからさ、黙り込んでると怖ぇぞ~」
「何でもねえよ。悪かったな、目付き悪くて」
(あれ?この会話、前にもどこかで)
不意に襲う既視感。
『お前さー。もう少し喋れよ。
元々目付き悪ぃんだから黙ってると怖ぇって!』
(誰の……言葉だった?)
『そんなだから○○○も苦労するんだよ』
(誰、だ?)
思い出せない。
頭がズキズキと痛む。
「悪ぃ、やっぱ飲み過ぎたみたいだ。俺もう寝るよ」
「えー」
頭痛をこらえながら勘定を済ます。
「あいつ、どうしたんだ?」
テーブルを囲んでいた男の1人の言葉にフェリオンがうなづく。
「さぁ……
少し様子が変だったね。大丈夫かな?」
(っそ、何なんだよ一体!)
ふらつきそうになる体を押さえ、宵闇は宿舎へと足を速めた。




