その頃、南西の街にて
夜の闇に沈む街。
小さな宿の一室で動く影。
人相と波長パターンを浮かび上がらせた小型の投影水晶をラグは握って画像を消す。
「確認終了。ルード=ノイス本人に間違いなしっ……と」
「~~っーー~~!」
「無駄なことは止めとけよ」
視界の端で必死に動こうとする男に低い声で言い、口を絞める手を強くする。
「あんた他人の恨み買いすぎたんだよ。
オレはあくまでその結果ね」
何の感情も紫の瞳に浮かばせず、空いている方の手でベルトから針を抜く。
ためらいなく、それは男の胸と首に突き入れられた。
「が……!!」
「つーワケでさいならだ。『ヴォルト』」
「ぎぁ!!!」
「…………」
体から血煙を噴いて動かなくなった男を冷めた目で一瞥すると、ラグはドアノブに手をかけた。
ドアごしに、遠くから誰かが歩いて来る音が聞こえる。
重いため息を一つ。
(あとは痕跡消してーー……ん?)
ノブを回しかけた手を止める。
奇妙な違和感。
(何だ?気配が消えーー!!?)
わずか数秒の間に起きた異変。
聞こえていた足跡は消え、しかし木の板を挟んですぐに得体の知れない圧迫感を放つモノがいた。
頭の中で特大の警報が鳴る。飛び下がった直後音もなくバラバラになるドア板。
扉の外から悠然と入って来たのは、ひょろ長い全身黒い布を巻きつけた奇妙な人物だった。
手に持つ赤い太刀が床を擦る。
刃の先が掠めたのか、ラグの頬が浅く切れて血が滲んでいた。
「斬ったつもりだったんだが、速いな。
だだの子どもではなさそうだ」
声と体格からして男。
だが銀色に光る左目の位置以外顔まで黒く細長い布でぐるぐる巻きにしているので、よくは判らない。
「お褒めにあずかりどぉーも。
あんた誰だよ」
感心した様な声音にラグは軽口で返すが、背中には冷や汗が伝う。
(やべーなこいつ。殺るどころか、逃げる方法が思いつかねぇ)
しばしの睨み合い。
無音で赤い太刀が動く。
「っつ!!」
全力で横に飛び、さらに短刀で首を守る。
金属同士が噛み合う耳障りな音が響いた。
すぐに短刀の軸をずらして襲撃者の脇に飛び込み、窓の近くに回り込む。
短刀の腹にヒビが入っている事に焦りが生じるが、何とか押さえ込んだ。
「あれも防ぐか」
黒い布の間から僅かにのぞく銀の瞳に、楽しむ様な光が宿った。
刃を下ろし、踵を返す。
「この場は預けよう。お前の名は?」
(?こいつ、オレ狙って来たんじゃねーのか?)
「リック、リック=バートン」
躊躇なく別の名を名乗る。
二度と会いたくないからに他ならなかった。
だが、突然現れたこの人物が何者なのかは気にかかる。
「あんたの名前も教えてくれよ」
「無い」
「あ、そ。じゃあ好きに呼ばせてもらうわ。
この超ド級変態黒巻き野郎」
声の無い笑い声が空気を震わせる。
「面白い小僧だ。その命、大切にしておけ」
襲撃者の去った後、ラグは力なく床に座り込んだ。俯いた喉の奥から渇いた笑いが出る。
(あいつにその気があったら多分……)
「……ちくしょーが!」
「リックバートン」
宿から少し離れた建物の屋根。顔面に巻き付いた細布の端が揺れる。
「面白い。あのような者に会えるとは、思わぬ収穫だ!」
大仰に両手を広げて夜空を仰ぎ見る瞳は、爛々と輝いていた。
「我は見つけたぞ!なぁ『月』よ!
貴様の負う責は、我が果たさせ続けよう!
はハ、ハははははっ!!」




