会合(3)
「もー、リーク!いい加減名前覚えてよね」
「どさくさ紛れに人を馬鹿呼ばわりするな。わざと道化と呼んでいるんだ」
少年の青緑の瞳と、青年の翡翠の瞳の間で火花が散り始めたのを、青白い手と柔らかい声が遮った。
「フィレット、彼らと争いに来た訳ではないでしょう?」
(誰だ?)
持っていた食器を近くにいた女中に渡し、視線を少年の斜め後ろに向ける。
青灰に赤メッシュが入った髪で、青白い肌の男がそこにいた。
両目が固く閉じられ、左頬に赤い刺青が入っている。顔に柔和な笑みを浮かべてフィレットの横に並んだ。
「リーク殿も。
貴女の気持ちはお察ししますが、この場は抑えて頂けませんか?」
「……すまない」
「?!!」
見たことないほどの素直さで軽く頭を下げたリークに、宵闇は目を丸くする。
余程凄い形相をしたのだろう。一斉に三人の顔が宵闇の方を向いた。
「何だその顔は」
「あ、そっか。
宵闇、初対面だもんねぇ」
訝しむリークと対象的に、フィレットがポンと手を打ち鳴らす。
「そうでした。話は聞いていますが、例の件の彼ですね?」
見知らぬ男もそう言って、片手を胸に当てて頷いた。
間を置かず少し深めに頭が下げられる。緩く三つ編みにされた髪が床の少し上で揺れた。
「申し遅れました。
わたしはラインソードのレビシスと言う者。
ドゥ・レゾンの幻将を務めているので、以後お見知りおき下さい」
「えっと、その、そんな丁寧にされると何か戸惑うって言うか」
相手の礼儀正しさに、宵闇は思わず手のひらを振る。
「俺は幻将とかじゃないただの傭兵で、頭下げられる程偉くは無・・・」
言いかけて急に顔が青くなった。
「……ドゥ・レゾン?」
「はい」
「魔族?あの、入らずの魔の島の?」
「入らずですか?
交流を断っているつもりも、まして入島を禁止している事も、こちらには無いはずなのですが。
魔族ではあります。ほら」
男は宵闇の質問に答えると、閉じていた目蓋を片目だけ少し上げた。
中には真っ黒な空洞と、その真ん中で光を放つ、瞳孔が十字に裂けた青の瞳。
「!!」
「それがどうかしましたか?」
不思議そうに尋ねる声に、宵闇は言葉に詰まる。
「え、あ、いや。何でもないです!」
「あれー?敬語になってるよ~?しかもちょっと足震えてる」
少年の指摘に、顔を赤くしながら小声で宵闇が弁解する。
「今まで魔族と会ったことねーんだよ。
傭兵仲間の間じゃドゥ・レゾンも魔族も、関わるとマズいって噂の筆頭なんだ。
俺はお前みたいな鉄の心臓持ってないっ」
「そこまで悪い噂が立っているのですか?」
レビシスが目を閉じ、心配そうな顔になる。
「もし同族が他の国の方に迷惑をかけているなら抑えなければ」
「いや、ドゥ・レゾンとはあまり交流が無いし、身体的特徴や持つ力にも差がありすぎる。
実際貴方の目だけでも、見た者の大半は驚き恐れを感じてしまうだろう。
噂の元はそれ自体が起こりだろうし、その否は我々のさがにある。
橋渡しをしてくれている貴方には、逆にこちらが謝らねばならんぐらいだ」
リークが言いながら宵闇を肘でつついた。
「お前の悪い癖だ。又聞きの話で自らの中の真偽を決めるな。
彼がお前の聞いた様な、関わるとまずい輩に見えるのか?」
「……悪かった。
あんたの国をけなすようなこと言って。
俺は宵闇。
さっき言ったみたいにだだの雇われ者だが、『遺物』とか、あんた達の手が足りないような面倒事があった時に動くって事になってる。
よろしくな。レビシスさん」
まだ少し戸惑いながらも、宵闇はレビシスに手を差し出す。
「こちらこそ」
「あ、僕も僕も」
フィレットが軽く手を上げる。
「お前とは前から知ってんだし、よくねぇか?」
「あの時は立場とか完全に切り離してたからね」
呆れ顔に、少年は悪戯っぽい笑みで返す。
自身の胸に片手を当てて軽く腰を曲げる。
「僕は徒人の島コスモクロアを治める者、フィレット=ルーン。
先の事では僕の管理が足りなかったせいであんな目に遭わせてごめんなさい。
解決に協力してくれた事、感謝してる」
握手を交わしたその手にもう片方の手を重ねた少年の口が「でも……」と動いた。
「?」
「一つ言わせて。
君がこれから関わるのは、鉄の心臓を持ってても足りない事かもしれないよ?」
「……判ってる」
「そう……?」
握った手を離して静かに呟くフィレット。
こちらを見る碧の視線に、宵闇は目をそらしたくなる。
(こいつ、時々凄ぇ目するんだよな・・)
「実は今日ヴァストル殿との会談で呼ばれていたのは僕たちでね?
さっきまで、君たちへの助力を含めて色々交渉してたんだよ」
宵闇から数歩離れて少年は言う。
「あんなものを放置しちゃいけないのには賛成、できる限り助けにはなる。って答えた」
「何が言いたい?」
警戒をにじませたアルトの声。
「破壊や封印には協力する。
でも、翼島が回収して管理するなら賛成できないって事だよ」
応えながらリークの周りを回る。
「ヴァストル殿は翼島守ることしか眼中に無いし、君の兄さんあたりが考えそうなんだよね。
ただでさえあの人の手元に二つ握られてるようなものだし。
だから警告しておくよ。
万一、君たちのその能力が僕らの島を混乱させたりしたらーー
許さないからね?」
「そんな事をするつもりは毛頭ない」
「だな。余計なことに利用されねーために、俺達が壊すんだよ」
即答する2人を見たフィレットから剣呑さが消える。
「うん、君たちならそう言ってくれると思ってた。
じゃ、改めて。
これからもよろしくね」
「ああ」
「それじゃ、君たちに言いたい事は言ったし、僕らは他に用事があるから行くよ。またね」
くるんと背を向けるフィレットに、リークが声をかける。
「フェリオンをどこかで見なかったか?」
「そう言えば見てないね」
「彼の気配が東塔にあります。そこではないでしょうか?」
「行ってみるよ。ありがとな」
部屋の出口へ歩いていく宵闇とリークに、刺青の走る顔が凝視するように向けられていた。
「どうかした?」
「昔、宵闇殿をどこかで見た気がして。
いえ、ただの気のせいでしょう」




