会合(1)
呟きつつ手入れのされていない細い道を下る。
下りきってさらに歩くと、少しこじんまりとした白い石造りの門があった。
第一翼島にあるどの建物よりも高く造られた、重厚な城の裏口だ。
正装もしていない傭兵を正門から城に入れる事に、リークの父である国王が渋い顔をしたらしく、用がある時は裏口から目立たないように入っている。
門番をしている騎士に軽く頭を下げて城の敷地に入り、リークの兄の部屋を目指す。
だが途中の、中庭に面した通路で目当ての兄妹が見つかった。
「やあ、宵闇君」
城の壁に光が反射して、明るく照らされた緑の芝生と、植えられた草花で彩られた庭園を歩き、こちらに気付いた白い法衣姿の男が、顔に笑みを浮かべて近寄ってくる。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「どうも」
短く返事を返し、少し離れた場所に立つリークを見た。明らかにさっきより機嫌が数段悪くなっている。
(たぶんまた言い争いでもしたんだろーな・・・)
目の前の男にそんなそぶりはないが、そう思う。
アスベル=シルメリス・ディル・セイン。
リークの兄で同じ白銀の髪と翡翠の瞳を持つ、先代・幻将で現・王佐の月系術士。
白い法衣を纏い、ぱっと見常に笑顔な優男だが、その性格は恐らく沼底の泥の中のように黒い。
他人どころか身内ですら利用して、危険に放り込む事に躊躇しない人物なのだ。
宵闇は努めて平静を装っているがラグとリークはかなり露骨に嫌っている。ましてリークは血が繋がっている分余計に腹が立つようだ。
「わざわざ来てもらってすまないね。言伝えでも良かったが、あの子は私を避けているし、直に話した方が良いかと思ってね」
「だからと言って大事な事を寸前に言うな。
お前が出て来ずとも、いくらでも連絡ぐらいはできるだろう!」
リークが眉間に皺を寄せて声を荒げる。
「大事な事って?」
「今夜、客が来るんだよ」
アスベルはさらりと何でも無い事の様に口に出した。
「君たちも面識のあるフィレットと、あとレビシスにフェリオンだ」
「ん?それの何が問題なんだよ?」
リークに尋ねると軽く睨まれた。
「道化の名が上がった時点で気付け。
全員他島の幻将だ。
理由はこの間の事に関しての説明と、今後の協力の要請らしい」
頭痛をこらえる様に目を閉じるリークの言葉に、宵闇はようやくリークの苛立ちを少し理解した。
確かに今さっき伝えられるにしては急過ぎる。
そもそも、そんなに急に都合が付くものなのだろうか。
宵闇の疑問に応えるようにアスベルは口を開く。
「元々非公開で時々集まってはいるんだよ。
今日は元々別の目的での父個人の会談だったから、君たちは参加の必要がなかったんだ。
それが、この際他の幻将も呼んで夕食会を、と言う話になってね。
すでに先の件での説明はあらかた通信で済ませているが、特にフェリオン……フェルグランドの幻将には会って説明するに越した事はないから。
獣人の方のも呼んだんだが忙しくて来れないらしい」
宵闇の眉がわずかに寄る。
「あんたなぁ・・・先の件絡みならもっと早めに言ってくれ。
俺達、フェルグランドに無断で入って暴れたんだぞ?
そのフェリオンとか言うのにどんな顔して会えってんだよ」
「そんなに気負う必要はないよ」
全く反省していない、朗らかすぎる笑顔が返される。
「フェルグランドは、さほど幻将の権力も責任も大きくはない。彼自身は君達とさほど歳が変わらない好青年だ。
ただ、あの事で向こうの為政者の一人が行方不明になっているのでね。その事だけ頭の隅に置いておいてくれ」
「・・・わかった」
(多分、生きちゃいないだろーな)
宵闇達が化物の大群と戦っていた裏で、アスベルも動いていたのは、フィレットの言動から明らかだ。
平然と『行方不明』と言ってのける目の前の男に、あまりいい気持ちはしないが今更な気もする。
宵闇の言葉に頷いてアスベルが二人に背を向ける。
「また後で」
そう言い残して通路の奥に姿を消した。
宵闇とリークは、どちらともなく重いため息を吐く。
「あの人と話すと疲れる」
「同感だ。
自分の屋敷に籠もって一生出て来なければいいものを」
「そう言や、あの人ってあれでも主文官なんだろ?ちゃんと仕事してんのか?」
「父は無能者を傍には置かない。
三年前の黒翼種拘束令のような、悪政紛いを主導したとの話も聞くがな」
「ああ、あったな。伝染病が原因だったか」
「お前は他人事ではなかったろう?
あの当時黒髪月眼の者は見つけ次第捕えて島から追い出したのだからな」
「生憎その辺りの記憶があやふやで、全然実感ねーんだよ。親父さんやラグが言うには、傷だらけでギルドの近くに転がってたらしい。
まぁ知り合いとか家族に連絡取れてねえし、思う所はあるけど、今さらだろ」
宵闇の言葉にリークの顔が曇った。
「そうか。掘り返すような事を言ってすまんな」
「別に謝る必要ねぇよ。
ま、思い出せるんならそれに越したこと無ぇから、いつか陛下やアスベルの旦那に話聞きたい気もするけどさ」
「そうか。父や兄から話を聞くのは恐らく無理だ。
必要なら、わかる範囲で調べてみよう。
家族の名は?」
「親父は上弦、母さんは明、あと一緒に住んでた従姉の朔。
出来れば頼むわ」
「承知した」
生き別れになった家族の顔を浮かべつつ、心の中で付け加える。
(あの時俺が遺跡の中で見た夢と、何か関係あるかもしれねぇしな)
「“忘れないで”か・・」
「どうした?」
怪訝な顔をするリークに、宵闇は「何でもない」と答えて、中庭から通路に入る階段に足を乗せた。




