108 白昼の襲撃
約二時間後――
「結構遅かったじゃねえか。何か収穫あったか?」
資料館地下の奥で、帰ってきた友人に問うラグの言葉を、問われた方はややうな垂れ気味に答えた。
「あんまりなかった。資料自体がボロボロで、読みにくいのも多かったし」
フェルグランドの建国が確かおよそ千五百年前。
それより以前の物だと言う記録には、宵闇が普通にこの一ヶ月調べた範囲では知り得なかった情報ばかりが書かれていたが、求めていた事に繋がりそうな物はそう簡単には出て来てくれないらしい。
「肝心のもんは、なー」
「そっか。
まぁ、気ぃ落とすなよ」
「大丈夫だ」
宵闇は肩を叩く友人にしっかりした声で応える。
「俺だってそう簡単に見つかるとは思ってねえさ。
第一、翼島だとこんな資料も読めねえだろうしな。
フェリオンとゼウレフさんにはホント感謝しきれねぇよ」
その言葉に茶髪の青年が「どういたしまして」と笑い、男は「いいや」と首を振った。
「礼には及ばん。
適切な者に得るべき知識を与えるのは、あの部屋の管理者であるわたしの役目だ」
そう返して地下書庫から出る階段へと足を向け、四人もそれに続いて階段を上がる。
一面外から明るい日光が差す資料館入口の広間まで来た所でゼウレフは振り返って宵闇へと手を差し出した。
「では、仕事があるのでわたしはこれで失礼するよ。
君の探すものが見つかる事を祈っている。
くれぐれも、自らが『持つ者』であることを忘れんようにな」
「はい。ありがとうございました」
宵闇は手を強く握り返して頭を下げる。
去っていくローブ姿が建物の影に消えるまで黙って見送った後、ラグがフェリオンへと問いかけた。
「あの旦那への用ってのは終わったんだよな。
これからの予定は?」
「んー……特になし。
ニクスがおれの代わりに仕事してくれているはずだから、適当にぶらぶらしようか」
頭の後ろで手を組んで思い付いたように答えるフェリオンを宵闇が呆れ顔で見る。
「部下が仕事してるはずだからブラブラって、あんた、ダメ上司の鏡に見えるぜ」
「隊長はいつもこんな感じよ。普段か」
シュッ!……ベシャ!
「?」
「きゃああああっ!!」
苦笑しながら続けようとしたリデルの言葉を遮った、ただの街中で聞こえるはずのない類いの音と一拍置いた悲鳴が、一瞬で四人の顔を強ばらせた。
叫び声が上がったのは、今出てきたばかりの資料館の中。
「何があった!?」
受付台と奥に並ぶ書棚の間。腰を抜かした女性に近づいた所で、宵闇とフェリオンは建物の側面にあるすぐそばの出窓を見て絶句する。
窓は、塗料を塗りつけたように下三分の一が赤かった。
リデルが即座に恐慌状態の女性へと近づいて宥めに入り、ラグが外から窓の近くへと回り込む。
「おいおいおい」
わずかに遅れて外へと出た宵闇とフェリオンに、紺髪の青年は片膝をついた姿勢で眉を寄せた顔を向ける。
「向こうさんも目立つの嫌がる筈じゃなかったのか?」
ついさっき入口で別れたばかりの男が、右肩をバッサリと割られた姿になって陽光に照らされた石畳の上に倒れていた。
傷は即死にいたる場所を少しだけ反れているようだ。
リデルがまだ建物の中にいるため、ラグが術で傷の治癒にかかる。
「『ヒリーアル』
ああ、くそ!やっぱ傷がでかすぎてこのままじゃ塞がらねえな……宵闇、お前の線で縫えるか?」
「他人の体ん中に俺の線なんか入れたら逆に死ぬかもしれねえ。
開かねえように周りから縛るのならできる」
「じゃあそれでいい。
術遮断しねえようにやってくれ」
「わかった」
宵闇が応急処置を手伝う傍ら、フェリオンが持っていた投影水晶を回して連絡を取り始めた。
「特務部隊のフェリオン=ランドルだ。行政区E4でゼウレフ卿が何者かに襲われ負傷した。周辺の封鎖と探査、医務員の派遣を頼みたい。
そう。なるべく内密に。
情報操作と箝口も可能なら。
ああ、わかった」
早口で事務連絡とおぼしき会話をすませ、また別の所へと繋げる。
「メル、少し面倒な事になった。
多分こっちはこれから少し動きにくくなるから、そっちも警戒してくれ。
うん。手は割けないだろ?おれ達は無傷だし援護はいい」
通信を閉じたとほぼ同時に、緑髪の少女が建物から出てきた。
「隊長。中が結構ざわついたから、あの人も含めて資料館の中にいた人は全員術で眠ってもらったけど、良かったわよね?」
「うん。それでいい。
後は、救護を待ってゼウレフ卿を安全な所へやるのが一番だね。
リデル、治療をラグと代わって」
「はい!」
近づいたリデルが男の傷に顔をしかめる。直ぐに腰を屈めて傷を中心に指で円を描いた。
『月の光よ再生をここに』
傷が徐々に塞がって行くが、空いた所から未だに血が流れ続けている。
「いけそうか?」
横で星術を解除したラグが問いかけるが、リデルは「わからない」と首を振る。
「酷いわね。これじゃ怪我塞がっても危ないわ」
「……」
治癒術を持たない為ゼウレフに関してやることのなくなった宵闇は、警戒の為の線を周囲に張りつつフェリオンへと近づく。
その足が、路地の奥から響いた声で止まった。
「ランドル特務隊長殿!」
その場にいた四人の視線が集中した先。声を出したとおぼしき男と、その後ろに五、六人ほどがいた。
全員が胸にフェルグランドの紋章がついた暗緑の制服を着ている。この街を警備している衛師だ。
先頭の男がフェリオンに近づき、他の制服姿の内数人がラグとリデルの方へと足を向ける。
中年の男がラグに手を差しのべた。
「治療を代わろう。
君達にも事情を聞くから、ランドル様の所へ。
そこの君もだ」
後半の言葉は宵闇に向けられたものだった。
横目で友人に目配せし、「わかりました。お願いします」と頭を下げる。
足早にフェリオンの方へと足を向け
「なんて……
言うと思ったのかよ!!」
ある程度近寄った所で思いきり振り返った。
ギィン!!
黒髪の青年の後ろから金属音が響く。
今さっき横をダッシュしていったラグが、フェリオンに向けられた何かを弾いた音だろう。
ゼウレフの傷を塞いでいた宵闇の黒線が音を立てて上へと跳ね上がり、ゼウレフの側にいたリデル以外の二人へと襲いかかる。
コンマ五秒前まで人が立っていた場所の石畳を線が叩いた。
制服姿二人はすでに距離を取って銃を握っている。
「リデル!!」
「解ってる!」
少女が側に倒れている怪我人の無事な方の肩を持って背負う。
フェリオンとラグとリデルが近くに来たのを見計らい、牽制の線をばら蒔いていた宵闇は手を止め、遺物の能力を発動させた。
黒い壁が前からの銃弾と、後ろからの鋼の槍を粉砕する。壁の向こうから小さく舌打ちが聞こえた。
フェリオンがヒュウッと口笛を吹く。
「君達を雇って正解だよ。どこで気づいたんだ?」
「どこでも何も、来んの早すぎだろうが」
前から視線をそらさずに宵闇は言葉を返す。
「あいつら妙に落ち着いてたしな……街中であんなん見たら普通顔色ぐらい変わるぜ。
大根役者にも程がある」
ゼウレフを治療しながらリデルが「へー」と声を上げた。
「もっと鈍感かと思ってたけど、そうでもないのね」
「だから言ったろ。この性格の悪いオレのダチをやってるぐらいだぜ?」
後ろから笑いを含んだラグの声が聞こえる。
宵闇は少しため息を吐きたい気分になった。
「この状況で談笑するか?お前ら。
言っとくが、この壁ずっと維持はできねえぞ。
向こうも退く気無ぇみたいだし、どうする?」
黒い半透明のフィルターの外には、まだ銃を構えて此方を睨む姿がはっきり見えている。
雇い主が答えた。
「おれの連絡した衛師が来る気配無いって事は、街路警護もグルか、術で封鎖されてるか。
逆に好都合だよ。
叩きのめして捕縛しよう」
「わかった」




