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106 資料館地下

「暇な護衛仕事ってのは良いことだけどよ」


 ラグは苦い顔で盛大なため息を吐いた。


「オレらこんなトコで待ちぼうけくって、護衛の意味あんの?これ」

「いいんじゃない?すぐに動ける用意は一応あるんだし。

入口固めてるんだから仕事はしてるわよ」

「だからってなぁ……」


 今いるのは、さっきの議会場のすぐ近くにある資料館の地下、最奥の古びた扉の前だった。


「必要以上には見せない事にしている」とゼウレフに待ちぼうけを言い渡されたのだ。


「鍵守だっつーあのおっさんはともかく、フェリオンだって遺物持ってねぇだろーがよ。

お前は持ってるのに待機っつーし、よく分かんねえ。

宵闇にいらねぇ事吹き込みやがったら承知しねぇぞ」


 湿った空気と紙の匂いと、少しのカビ臭さが充満する部屋の中で苛々と呟く青年を、横の少女が呆れた様に見る。


「あたしは前に一度軽く説明されてるから、今回は良いんじゃない?

隊長自身は持ってないみたいだけど、アレのことは随分前から知ってたらしいわ。だから入るの許されてるんじゃないかしら。


宵闇はフラグメントの事知りたかったんでしょ?

友達の希望が叶うのにそこまで言う?」


「それが知りたい事のメインじゃねえがな。

別に嫌じゃねえよ。国が保管してる史料だって聞いて、少し安心したぐらいだ」


 もちろん「メインの事」がある以上それで懸念が晴れた訳ではないし心配もあるが、友人の背中を押すことを決めたのがラグ自身である以上、今更引き止めるつもない。

しかし……


 黙ったラグの顔を、リデルは面白そうに覗き込んだ。


「あぁ、蚊帳の外にされたのがくやしいのね?」

「お前一辺マジでその口塞ぐぞ」

「そうやって強がるのは勝手だけど、あなた、このままだと本当に蚊帳の外に出なきゃいけなくなるわよ?」


 横目で見てくる少女の青い目がわずかに険を帯びた。怖れている事を直球で言われたラグの息が一瞬詰まる。


「自分で解ってるでしょ?

その左腕、呪われてる」


「……」


 黙ったままの相手に、リデルはダメ押しとばかりに言葉を紡ぐ。


「隠しても意味無いわよ?

あたし眼が良いもの。

貴方に妙なのが混じってるのは一目で解っ」


 ヒュッ!


 言葉を言い切る前に風切り音を立てて黒い短刀が走った。

目の前にいる少女の首ギリギリで止まる。


「それバラ蒔いたら、わかるよな?」

「する気なら、わざわざ貴方に言わないわ」


 声と同時に、カチンと金属同士を打ち合わせる小さい音が耳に響く。

とっさに身を退いた青年の首すれすれに白い輪が止まっていた。


「……っ」

「おかえしよ」


 固まる紺髪の青年に至近距離からにっこりと笑みを向ける。

白い輪が消えた。


「あなた警戒心強いけど、そんなじゃ味方になってくれる人も逃げてくわよ?」

「大きなお世話だ。『自分は味方だ~』なんて言いながら近づいて来る奴、お前は信用できんのかよ」

「できないわね」


「そらみろ」とばかりに白い目を向けて来る相手を横目で見、リデルは小さい息とともに「だけど」と続けた。


「利害の一致なら、ある程度信用できるわ」


小さな低い声のそれを聞いて、紫の眼が細まる。


「へえ……」


 流石に察した。この少女が自分に引っ付くのは其なりの理由があるのだと。


「遺物持ちなのに、最初の面子にお前が選ばれてなかったのは、それと関係あんの?」

「多分ね。

お呼びがかかったって事は、メルはあたしを信じてくれてるのか、それともボロ出すの待ってるのかしら」


 あっさりと、自分がフェリオン達と意を別にしており、かつ疑われている事を肯定する。


「一応聞くが今回の件は」

「それは大ハズレ。

隊長狙うなんて無謀な馬鹿とは一切噛んでないわよ?

あなただって、正式な依頼をフイにはしないでしょ?」

「当たり前だ」


 少し考え、片手をベルトにかけた姿勢で扉に背中を預ける。


「だとすると、隊から抜けたいって所か。

できれば他の島に移りたい。だが遺物の保持者になっちまったせいでそれが難しい」


 少女が満面の笑みを浮かべた。


「宵闇じゃなくてあなたに目をつけて正解だったわ」

「フェリオンやメルが感づきかけても放ってるって事は、その辺りが妥当だろ。

宵闇も馬鹿じゃない。それぐらい気づくぜ?」

「当てたとしても、あの人多分隠せないもの。見るからに色々顔に出ちゃうタイプ」

「あー。それは正解」


 確かに、宵闇はそう言う所は素直すぎる。リデルの人選は間違っていない。


「利害の一致っつったな?

お前に手ぇ貸して、オレに何の利がある?」

「分割払いでどうかしら」


 少女は笑うと、突然ラグの左腕に手をかざした。


「何……」

「んー。思った以上に複雑な力が掛かってるっぽい」


「でも、これなら」と細い指先が踊る。

腕の傷辺りを、銀色の円を組み合わせた細かい図形が取り囲んだ。

それが順に腕に貼り付いていく。


 紫の眼が見開かれる。

このひと月、常にあった傷辺りの違和感がすっと消えたのだ。


「解けたのか?これ」

「ううん。構成が全然読めないから抑えただけ。

相手を徐々に蝕むタイプのだって事だけ辛うじて解ったから、それを遮るようにきつめの封印で囲んだの」

「へえ」

「影響で、ちょっと血の巡りが悪くなっちゃうかもしれないけど」


 ラグは左腕を回し、手の平を閉じたり開いたりを繰り返す。

問題なかった。


「オレこーゆー術使えねえから助かったわ。

これが前金って事か」

「そうよ」

「払いのいい客は嫌いじゃない。成功報酬は?」


 暗に二重に依頼を受ける事を承諾した青年に、少女は近づいて耳打ちする。


「――――」

「!!」


 ラグの拳が握られた。


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