103 班分け
予想はしていたが、と宵闇はため息をつく。
(こんだけ目立つ動き方して、何もなしって訳はねえよな)
修練場から出て、まだ明るくなり始めたばかりで人影の無い路地を抜け、フェリオンの自宅の玄関ドアを締めたあたりで依頼主に尋ねた。
「後つけて来てた奴ら、放っといてよかったのか?」
宵闇はさほど人の気配などに鋭くないが、それでも線を使わずにうっすら解るほど下手な尾行が数人、さっきまでついて来ていたのだ。
「はは。まぁいいよ」
フェリオンが玄関に面した部屋のドアを開けながら肩ごしに振り返って呑気に笑う。
「あの程度のを捕まえたって、大して情報持ってないさ。
メル、探査は……」
「駄目ですね。今、セラム通りの途中で術が妨害されました」
最後尾にいたおさげの少女が首を振る。
「向こうさんも、それなりに慎重って事か。
幻将にケンカ売ってんだから当然っちゃ当然だが」
面倒臭え、とぼやくラグ。
くぐったドアの向こうは、外から見たのと比べて意外と広かった。
人が八人入ってもまだ余裕がある長方形の空間の中に、それなりに見栄えのする大きな黒石のテーブルや皮張りのソファや木製棚があり、床には落ち着いた色柄のカーペットが敷かれている。
あまり生活臭がしない事を考えると、おそらく普段は応接室として使われているのだろう。
「この部屋とおれの部屋がある家の半分は、結構頑丈に造ってもらっててね、光彩防壁も貼ってあるし、外に音も漏れないようにしてある」
「ヴィオラで出来ないよーな話もここならOKって事か」
「うん」
宵闇の言葉にフェリオンが頷き、「まあ、座ってくれ」と近くのソファを指した。
「もっと言うなら、あっちはわざと情報をばらまく場所って意味が強いんだ。
一般人は解らないけど、ちょっとその手の訓練積んでればいくらでも盗み聞きできるって感じにね」
「だから威嚇も兼ねて最初に俺らをあの店に誘ったのか」
紺髪の青年の眼は、口ほどに「コイツも面倒臭え」と語っていた。
テーブルを囲むソファにそれぞれ腰を下ろした所で「それでは」と、メルが口を開く。
「これから動く分担ですが、宵闇さんには最初に仰っていた通りに、隊長の護衛をお願いします」
「わかった」
「あと、やはりラグさんも直の護衛と襲撃者の追跡に入ってください。
リデルさんが月術使えますので後方援護に入ってもらいます」
「罠と毒の対策は?」
黙って頷くリデルを横目に、ラグが訊ねる。
おさげの娘は即座に首を振って返した。
「見廻りはしません。
見つけたら解除もしくは連絡を取る程度で」
「!」
昨日からその危険を一番に主張していたラグが片眉を上げる。
口を開いたのを、ひどく落ち着いた茶色の瞳が押し止めた。
「それらが厄介なのは十分理解しています」
ぐるりと周囲を見回して続ける。
「昨日までは必要かと思っていたのですが……
宵闇さんの類稀な堅さや、ラグさんの速さと手数を見せて頂いて、予防に手を割くより攻撃面に費やした方が良いと判断しました。
ここにいる誰も、罠が有ることを前提として動けばそれで大きな怪我をする事はありませんよ」
「建物ごと崩すようなのが来たらどうする。
こっちは俺とラグがいるけど、ニクスの方は危ねぇだろ。
一般人巻き添えってのもあり得る」
「さすがにそこまで手は回せねえ」と、渋面を作る宵闇。
だが、横から見上げてくるおさげの少女は、冷静かつ自信に満ちた眼差しで答えた。
「はい。ですので、防御に長けた宵闇さんと、罠の解除が出来ると言うラグさんを隊長の側に、術の察知に長けたわたしとリデルさんをそれぞれに分けてるんです。
確かに、一般の人が巻き添えになる可能性は0ではありません。
おそらく其なりの資産や権力を持つはずの向こうの依頼人が、そこまで目立つ事を良しとするならばですが。
少なくとも、今まではありませんよ」
言い切られてラグも折れる気になったらしい。
渋々と言った風に肩をすくめて合意を示した。
「わかった。
あんたのプランに従うさ」
話がついたのを見計らって赤毛の女性が腰を上げる。
「じゃあ、私達がニクスと一緒ね。
久しぶりだから、私で大丈夫かしら」
「きっと大丈夫ですよ。
ニクスさんには毎回同情しますが、よろしくお願いしますね」
言われたダミー役の青年が苦笑して席を立つ。
「うん。頑張るよ」
メルがニクスについて腰を上げ、少し離れたカーペットに指で円を描いた。
『偽りし形骸の面』
淡く光を放つ円の中心で顔をしかめる青年の姿が、骨の軋む不気味な音とともにみるみるソファに座る幻将と瓜二つになってゆく。
円から出た青年が、ふーっと疲れた息を吐いた。
「これ痛いから嫌なんだよ。仕方ないけど」
声帯まで変えたのか、声までそっくりだ。確かにこれなら影武者として十分だろう。
腰にくくりつけた2本の短剣を確認している部下に、本物の方が声をかけた。
「一般人を巻き込まないように気をつけて。
あとは思いっきりやっていいよ」
ニクスは微笑を浮かべて頷く。
「もちろんそのつもりですよ。
行ってきます」
その表情に宵闇はわずかに引っ掛かりを覚えたが、それが何なのかは解らず、何か言う前にニクス達は扉の向こうに消えた。
「で、あんたはこれからどーするんだ?外はあいつに任せてここにいるのか?」
「いや。もう少ししたら出掛けるよ。会わないといけない人がいるんだ」
「仕事か?」
紺髪の青年にフェリオンは首を振る。
「円卓の1人だけど、今日は個人的に用事があるんだ。君達もいてくれて構わない」
フェリオンの家を出て路地を歩きながらルイーズが呟く。
「あの二人、腕は立つのは解ったけれど今一つね。
ラグが隊長から離れて動きたがっていた理由に、私達が気付かないとでも思っていたのかしら」
「だな」
隣を歩くコールが同意した。
「罠対策ってのは本当だろうが、ついでにリーダーの事探ろうって腹だろ。ありゃ。
どの程度まで黙認するべきなんですかね?」
そう、少し前を歩く青年に問いかけると、相手は考えるようにわずかに上を向き、「それは彼ら次第さ」と答えた。
「まぁ、どうせ多少探った所で何も出ないから好きにさせていい。
それ以上は、おれの事に気づいた時点で彼らがどう出るかによるよ。
出来れば仲良くしたいけどね」
問題があるとすれば、とフェリオンの姿をした人物は苦笑する。
「リデルを入れたのが良い方に傾くか悪い方に傾くか分からないことだね」
黒髪の男が顔をしかめ、赤毛の女性が微笑を浮かべる。
不意に、ここに姿がないメルの声が3人の耳に響いた。
『良い方に傾く事を願いましょう。
それより、二時方向に三人、七時方向に二人います。
様子見でしょうが、どうします?』
「予定に変更無し」
口の中だけで青年は小さく言葉を紡ぐ。
市場で適当にぶらついて情報操作。その後、例の場所にいる皆と合流。
相手をするとすればその後だ」
少し振り向いたその表情に、コールが「おー怖」と呟いた。




