102 模擬戦(4)
「隊長、後で修練場管理の人から苦情来ますよこれ」
中心から今居る所より、少し手前までを薄く覆い尽くす霧と、その中で飛び回ってあたり構わず突き刺さる氷の影を見て、メルはため息混じりにフェリオンを見る。
上司は「だろうね」と気楽に笑っていた。
「でもいいじゃないか。創作の複合術なんてあんまり見れる物じゃない」
「それもそうですね。勉強にはなります」
コールは青い顔をしていた。
「下がっといて良かった……あんなの防ぎようねえぜ」
「多分電で氷を誘導するタイプの術だよね、あれ。
見えないけど、音からして相当囲まれてるんじゃないかな……」
「ええ。
あれで無傷なら、確かに護りで彼に勝てる人はこの中にいないわね」
「見えないのが残念」と呟きながら、ルイーズはリデルの方を見る。
「リデル、貴女の眼だとどんなものが見えてるの?」
「皆が見てるものと、多分そんなに変わらないわ」
わずかに不機嫌そうに少女はそう返す。
術素養の強い者は、まれにそれが体の何処かに強く影響する者がいる。
一部分の感覚が妙に鋭かったり、傷を負っても他の人間に比べて部分的に治りが早かったりだ。
リデルは生来眼が良く、隠してある術でも難なく察知できる特技をもっていた。
即座にラグの罠を指摘できたのもその特技故だが、かと言って全く別の世界を見ている訳ではなく、霞の中で何が起きているのか逐一解るほどでもない。
しかし、彼女の感覚は形のはっきりしない『異常』を察知していた。
それを伝えるべく言葉を続ける。
「だけど、ちょっと危ないかもしれない」
「宵闇が?」
「ううん、ラグの方」
「?」
ルイーズは不思議そうな顔で緑髪の同僚を見たが、少女は何かを探すように、じっと眼前の霧を見据えていた。
何かおかしい。
術の操作がうまくいかない。
自らが作りだした霧の中でラグは焦っていた。
つい先ほどまではそうではなかった。
思った通りに思った通りの術が発動し、集中攻撃を浴びる予定の友人に防ぐように声をかけてしばらく。
そろそろ解除しようと思った矢先に、自分自身に異常が顕れたのだ。
術を解除しようとする思考を邪魔するように、頭の端に術を維持する式が編まれていく。
体が酷く重くなり、左腕が痺れ始めた。
「な……んだってんだ……」
『殺せ』
「!」
『役目に反する『月』など必要ない』
(月……?)
悪寒がした。
前に今術を向けている相手を『月』と呼んだ存在にすぐに思い至る。
首をゆっくり回して、痺れている左腕を見た。
服の上からわずかに見える、自らの血が作った滲み。
およそひと月前に、赤い刃で斬られた傷だ。
考えてみれば妙に何度も開いたし、塞がった後もはっきり痕が残っていた。
(おいコラちょっと待て!
あの黒巻き野郎オレに何しやがった!?)
焦りと同時に異常の原因に気づいた事で怒りがこみ上がってくる。
(……っざけんじゃねーぞ、ド変態が。
このオレに小細工して宵闇殺させようなんざ、舐めた事考えんじゃねーか)
自由の利く右手が、持っていた短刀を握り直す。
(誰が、そう思い通りにいくかよ!!)
紺髪の青年は、躊躇わずにそれを自分の左腕に突き立てた。
「ぐっ……」
「?」
小さな呻きが離れた場所から聞こえてから数秒。
周囲から飛んでくる氷の錐が止み、霞が徐々に晴れていく。
フラグメントの力を解除した宵闇は、視界の端に左腕から血を流したラグの姿を留めてすぐに駆け寄った。
「その腕」
「大丈夫だ。氷の制御ミスってかすっただけだよ」
傷口からして「かすった」と言うより「刺さった」なのだが、眉を寄せる友人から眼を逸らした紺髪の青年は、離れた石段を下りてくる六人にヒラヒラと手を振る。
「オレがこれだけ手の内見せるなんて、大サービスなんだぜ?
どーよあれは」
「大したものだよ。
怪我しなかったらもっと良かったんだけどね」
苦笑しながら言う雇い主に「意外と細けえな」と少し嫌そうな顔でラグは返し、「これぐらいの怪我、すぐに治せるし仕事に支障出したりしねえさ」と付け加えた。
「そう、ならいいさ」
それ以上何か言うのも不毛だと思ったのだろう、あっさり引いたこの島の幻将は、おさげの部下に深緑の瞳を向ける。
「これでお互い大体の手は分かった訳だけど、役割の参考にはなった?」
「はい」
メルは頷き、つい……と修練場の外へと視線を向けた。
「ここでは何ですから、出来れば耳の届かない所で」




