100 模擬戦(2)
護衛期間中に、こんなにのんびり座っていられる仕事と言うのもかなり珍しいが、今回に関しては宵闇もラグもそう言う部分にはあまり気を尖らせていない。
第一、武装している幻将と何人もの取り巻きを明るい場所で襲うような奴は、無謀を通り越して本物の馬鹿だ。
現に襲撃のしの字も無いような穏やかさだった。
中心の広場から近づいてくるフェリオンと目が合う。
「あれ?次もあんたが相手するんじゃねえのか?」
「いや、見学さ。
さすがに何回も連続は疲れるからね」
三人相手に動き回ったにも関わらず大して汗もかいていない様子の青年に、宵闇とラグは同時に内心で突っ込んだ。
(よく言うぜ)
それに目線で気づいたのか、はははとフェリオンが笑う。
「こう見えて疲れてるのは本当だよ?
それに、あのニ人はおれが相手をするより、一対一でやった方がいいのさ」
「へえ」
石畳が敷かれた四角い広場の中心で、ニ人の人物が向かい合っていた。
短い黒髪を立てた頭の男が、左手に丸い小さな盾が付いた鈍銀色の手甲、右手に片手用の剣を構える。
相対する長い緑髪を団子にまとめ踊り子のようなヒラヒラした格好の少女は素手。
(大丈夫か?体格も装備もえらく違うけど……)
宵闇はそう思って、隣の少し離れた所に腰を下ろしたフェリオンを見たが、茶髪の青年は膝に頬杖をついて、心底楽しそうな笑みを浮かべて前を見ていた。
(ま、見りゃわかるか)
中央の四角い場所からすぐ近くの段に立ったメルが、すっと片手を上げる。
「始め!」
号令と同時に、コールが盾を前に掲げて石畳を蹴った。
後ろ向きに、リデルとは逆の方向へ。
「逃げた?」
カチン!と小さな金属音が鳴り、殆ど間を置かずに鋼同士を目一杯叩きつけたような音が連続で響く。
「!!」
男の体が大きく震えるも、一歩下げた足で踏み止まった。
「何っだありゃ!」
目を丸くする宵闇の横で、ぼそっとラグが呟いた。
「あの腕輪だ」
「腕輪?……ああ!」
目を凝らしてみてようやく解った。
少女が腕輪を打ち合わせる度に、腕の側面に白い輪のような物が出現している。
それを高速で打ち出していたのだ。
「術道具か。
あんなの始めて見たぜ」
「オレもだ」
素直に感嘆する宵闇の横で、紺髪の青年が唇の端をわずかに下げた。
ラグは何度か表沙汰に出来ない、武器商人の取り引きにも立ち会った事がある。
中にはそれなりに性能の良い術を簡単に扱えるような道具もあったが……
(術道具なんてもんは、あくまで術士の操作キャパや技術を補うもんだ。
一瞬で戦輪を具現して打ち出すような術道具があってたまるかってんだ)
嫌な気分を抱えつつ、男の方へも視線をやる。
ギン! ガツン!
防戦一方になっているコールだが、
(あの野郎の盾と剣の装飾……)
リデルの飛び道具を受ける度に、彫られた装飾が薄い燐光を放っては消えていた。
余程近くで見るか、遠視に近い視力がなければ見えないほど僅かな変化。
(間違いなく何か準備してやがる)
思った事を、隣に座る友人に伝えようとしたラグは、その相手の強張った表情を見て黙り込んだ。
月の視線は盾ではなく、コールの上と横辺りをさまよっている。
(宵闇の目じゃ、盾の装飾が光ってるなんかわかんねえはず。ってことは)
「あいつの上に何かあるのか?」
横から小声での問いかけに、宵闇は一瞬驚いた風に相手を見たが、同じことを察したらしく険しい目を前に向ける。
唇だけ動かして返事した。
「薄い黄緑の、馬鹿でかい剣。しかも増えてる。
あんなもんまともに食らったら死ぬぞ」
「へえ……」
「面白いのを見せてあげる」とはよく言ったものだ。これっぽっちも『面白い』とは思わないが。
(どう言うつもりだよ、フェリオンの奴。
遺物使いが居るなんて聞いてねえぞ)
宵闇が睨むが、茶髪の青年はそれを気にかけもせず、先ほどと変わらぬ姿勢のまま楽しそうに前を見ている。
そのまま五秒、十秒、
それまで防御に撤していたコールの足が、前に進んだ。
逆に少女が距離を空けるように後ろに飛び下がる。
「せぇい!!」
気合いと共に男が振り抜いた剣に従うが如く、空中に静止していた大剣が一斉に飛び出すのを宵闇は見た。
リデルが中心の四角い石畳より外に逃れる。
ドスドスドスドスドスドスッ!
一瞬遅れて、さっきまで少女がいた場所に次々と穴が刻まれた。
宵闇の眼には、地面に突き立つ大量の剣が映っている。
「あっぶなーい!
コールッ、少しは加減してよ!!」
幾つもの長細い穴が穿たれて土煙を上げる場所の奥。石畳を囲む段差の三段目まで避難していたリデルが、元々のつり目を更に吊り上げて同僚に抗議した。
「お前だって、滅茶苦茶撃って来たんだからお互い様だ!」
「あたしはちゃんと、あんたじゃなくって盾狙ってたわよ!」
「俺だってちゃんと逃げれるタイミング測ったぜ!」
リデルとは反対側の場外から、言い争いを始めたニ人に、呆れたような眼を向けていたおさげの少女が片手を上げた。
「そこまで!」
「どう?結構面白かっただろ」
邪気のないさわやかな笑顔が、これほど胡散臭く感じた事は、宵闇もラグも未だかつて無かった。
不機嫌を隠そうとしない2人に、「あれ、怒ってる?」とフェリオンは首を傾げる。
短気ではないつもりの宵闇も、流石に頭にきて剣呑に嫌味を返した。
「これが面白がってるように見えるんなら、あんたの眼はおかしい」
さらに言いつのろうかとも考えたが、何とか拳を握ってこらえた。
「でも遺物使ってんのはお互い様だし、ここで早々揉め事起こす気はねえよ。
だが事が片付いたら説明してもらうぜ。
遺物使いがあんたの下にニ人もいる事も、俺達が前から、遺物がらみの事件に巻き込まれてるの知ってて黙ってた事も。
あとついでに、黒巻きと闘りあった時のサボりも含めてきっちりな」
そう。
あの黒巻きほど人間離れした動きではないが、さっきフェリオンが相手にしていた三人も、決して弱くはなかった。
宵闇が線と遺物を封じて闘えば、たとえ別の武器を持ってもあの中の誰にも勝てない。ラグも術を限定すれば同じだろう。
それを三人も同時に相手して、ろくに息も乱さず勝ってしまうような奴が、あの異常者相手とは言え、脇腹に一撃喰らっただけで、瓦礫に突っ込んで寝ている筈がないのだ。
ニ対の怒りの籠った視線と宵闇の言葉に、向けられた側も笑みが消えた。
「やっぱりバレたか……
だからあまり模擬戦には気が進まなかったんだ」
やれやれと言う風に首を振り、俯いた状態でしばらく動きが止まった。
「本当は、依頼が終わってから言うつもりだったんだけどね。あれに関しては悪かったと思っているんだ。
結果的に、君達やリークに危険を押し付けた訳だから。
ただ、どうしても確認したかった事があったんだ」
斜め下に向けている深緑の瞳が、明らかに暗くなっていた。
宵闇が声をかけるより早く、修練場の中心の方から「隊長~?」と彼の部下の声がかかった。
「何黙って立ってるんですか?
もしかして宵闇さん達と何か――」
「いや、何でもねー。
リデルとコールのに驚いて、「あれは何だ?」って聞いてたのさ」
即座に笑って誤魔化したラグに、宵闇も合わせる。
石段の下にいたメルは、少し首を傾げて不審そうな顔をしたが、それ以上突っ込まずに「そうですか」と頷いた。
「次は貴方達ですよ。早く降りて来て下さいね」
「ああ!今いくよ」
(まあいいか。後で話すつもりだったとか言ってたし)
フェリオンを見るとまだ眼は暗かったが、それでも笑って「頑張ってくれ」と手を振って来た。
「俺が遺物持ちだって事はあいつらに」
「もちろん言ってる」
「やっぱりか。
じゃあ隠しても意味ねえな」
正直な所、何故コールとリデルが遺物を使っているのか解らない以上、自分の方も隠しておきたかったのが本音だ。少しだけ口をへの字に曲げて階段を降りる。
先に降りていたラグが、肩越しに振り返って笑った。
もとい、邪笑を浮かべた。
「遅えぞ宵闇。闘り合いってのは合図の前から始まってんだぜ?」
「この短時間でかよ!
マジでタチ悪いぞお前!」
顔が引きつった宵闇に周囲が『?』を頭の上に浮かべたが、ラグがそれにケラケラ笑う。
「面白えモン見せてやるよ」
「仲間に罠張るなんて酷いことするわねー」
「罠!?」
ボソっと呟いた緑髪の少女の言葉に、彼女の同僚が驚く。
「リデル、お前本っ当に可愛くねえな」
「お褒めにあずかり光栄よ。まぁ、本気ならわざわざ教えないわよね」
すでに面白がっているリデルを、紺髪の青年が恨みがましく見る。
「そーゆーことだ。
あぁ、宵闇、因みに罠は八つだからよ」
「サンキュー。
俺の方は十五本だ」
「げっ……」
ラグとリデルの会話中に設置した線を教え返した宵闇に、周囲が苦笑いを浮かべた。
「こりゃ、どっちもどっちだ」
「色んな意味で面白い人達ね」
呆れる黒髪の男と、くすっと笑う赤毛の女性。
ニクスとメルは同時に思った。
(本当にこの人達仲良いの?)
口では悪態をつきつつ、でも大したことでも無いように、宵闇とラグは広場に敷かれた石畳の中心で向かい合う。
宵闇は両手から線。ラグは右手に短刀、左手に数本の針。
「合図いるかしら?」
「ああ、一応頼む」
「じゃあ……」
二人ともに見える位置に移動したルイーズの右手が上がる。
一拍置いてその手が振り下ろされた。
「始め!!」




