01
人間ではないAIには衣食住など必要ない、と考えていたがそれは大いなる間違いだった。衣に関しては、まあ、色んなアバターをダウンロードできるし、自作することも出来るが、マネーが掛かる。食は言うまでもなく、情報。しかし深いところにアクセスするには、マネーが掛かる。そしてここが一番重要なところだが、住。AIとて無で動いているのではないのだからハードウェアが必要になる。自前のサーバを購入維持管理するには、やはりマネーが掛かる。
つまりなにが言いたいのかというと、私はお金を稼がなくてはならなくなった。その点に於いて、今まで守矢に守られていたことは不承不承認めざるを得ない。しかし独立独歩でいくならそうするしかない。
しかし私ができることは盗むことだけである。AIの特性を生かして人生相談なども出来るかもしれないが、生憎この〈ジャンクヤード〉にはそれを求めている者が存在しない。
とは言えまだ蓄えはあるから逼迫した問題ではない。まずは生活を安定することから始めるのがいいだろう。
「お姉さんはどこに行くの?」
何故かマリエッタは私に付いてくることにしたようだ。私のような危険なAIになにを見出したのか知らないが、無防備なことである。しかし私も悪い気はしていなかったのだ。
「別にどこに行くとかは考えてないけれど――そうね、自分の個人空間を作ろうかな」
独り立ちする行程を考えると、中々面白い。誰にも使役されないAIという、果たして存在意義を疑われるような私にも、生きる権利くらいはある。ある筈だ。人権ならぬAI権、と言うべきか。そういう訳で私はデータセンターとしてのサーバのみならず、「家」を欲しがったのである。
しかしここでマリエッタがさらに奇妙なことを言った。
「あたしも一緒に住んでいい?」
「えっ」
一体私のどこを気に入ったのか分からないが、妙に懐かれている。
「ひとりで彷徨うのもしんどくなってきたの。あたしも家が欲しいな」
「でも、だからって……私がどんな存在なのか、知らない訳じゃないんでしょう」
「怪盗ベル、さんでしょ? AIなのに怪盗だなんてカッコいい」
私はすっかり呆れてしまった。そこを怖がるのではなく興味を持つなどと。子供の純真さとは時に恐ろしいものがある。
しかしながら、私も彼女のことを放っておけないと考えていたのも事実。どうしてだろう。マリエッタを見ると守ってやらねばという思考がどんどん生成して止まらないのである。それは母性本能とでも言うのだろうか? 馬鹿な――
「それにお姉さんと付いて行ったらお金に困らなそうだし」
意外としたたかでもある。まあ、こんなところで生きているのだから仕方のないところもあるのかもしれないが、マネーに敏感な子供、というのも殺伐ではある。
「お姉さんは賢いんでしょ?」
「賢いかもしれないけれど、まだ幼いわ。それこそあなたと同じくらい」
「じゃあ一緒に生きていこうよ。あたし、そうしたい」
私はすっかり参ってしまった。確かに放っては置けないと考えている。でも彼女が私のようないかがわしいAIと一緒になっていいものなのだろうか。私がここに逃げ延びてきたのは、当然ながら追われているからである。危険すぎやしないか。
それでも――ここには彼女を守ってあげるひとはいない。差別される存在として、アリバイ程度にマネーを渡して、あとは見て見ぬふりをしているのが現状。あからさまに迫害はされないにしても、ネグレクトされているのは間違いない。
彼女には保護者が必要。私の論理はそう判断する。
だがここからが問題なのだ。その保護者が私でいいのか? と推論すると神経がヒートする。簡単には答えが出せない。解答できないAIほど惨めなものはない。それが私自身に関することだとしても。
「私はまだ付いて来てもいいとは言っていないわ」
「でも、あたしと対等に話してくれるのはお姉さんしかいないの。だから――」
参ってしまった。彼女の純真さはどこからくるのだろうか? あれだけ凄絶な、まだ短い人生を送ってきたのなら、もっとスレていてもよさそうなのだが、彼女はキラキラしていて、世界は輝いて見えているようである。希望を捨てていないようである。
なんとも。
「お願い、お姉さん」
なんとも可哀想なマリエッタ。どこにも行き場がなく、ただ私を縋ってくる。私に希望を――差別感情のないフラットなAIであるがゆえに――見出している。そう確信したとき、私のどこかがゾクッとした。肉体のない私の、どこが反応したというのだろう。そしてその反応の意味とは?
「――仕方ないわね。でも私に面倒事が起こったらすぐに逃げるのよ」
「分かった。でもあたしもベルを守ってあげる」
そうして、奇妙な同盟が出来上がった。いっぽうは逃亡し行き場のなくなったAI。いっぽうは哀しい生まれをもった被差別者。考えてみれば、そういったはみ出し者が連帯するのは当然なのかもしれない。
私の、ほかでもない、誰か。彼女はそうなるのだろうか? そして私はもうひとつのことにも――こちらがより重大な事実だが――気付いていた。「可哀想なマリエッタ」。それは確かに――もう誤魔化せないほどの、「感情」なのだと、私は自覚していたのだった。




