07
今さら言うまでもないことだが、表向きの容姿がそのままそのひとを表している訳ではない。ここで少女の型をしているとしても、その正体が少女とは限らない。だがいっぽうで選んだ容姿はここでは一種の仮面なのであり、そう設定した人格を演じなければいけない。
私だってそうだ。この赤髪の少女の姿は、決して私が選んだものではないが、結構気に入ってもいて、それゆえそれに合わせた人格を演じている――電子の妖精――
だが目の前の少女はあまりにも「そのまま」だった。少女のフリをしているとは到底見えなかった。それくらいの解析は出来る。あまりにも邪気を感じさせず、あまりにも儚い存在。私も妖精などと呼ばれているが、彼女こそが本当の妖精で、デジタルの世界が生み出した幻想的なバグではないかと疑ったほどだ。
「あなた、私を知らないの」
「うん、全然知らないの。あたしはなんにも知らない」
おかっぱ頭の下にくりくりした碧の瞳。背は小さく細い。彼女がわざわざそんなアバターを作成したか、あるいは注文したとは思えないので。これはそのまま肉体世界の彼女を視覚化情報でデジタル化したものなのだろう。
では見た目通りの少女となると――いささか不穏な予測が立つ。というのは、この世界の人間のほとんどは試験管で生まれ、成人近くまでそこで成長する。睡眠学習もそこで行われ、「学校」という制度も昔のものとなっている。
つまり、本来「少女」、あるいはもっと広げて「子供」と言ってもいいが、それはほぼNNS世界には存在しない。となると、可能性はひとつしかない。
この子はこの世界では差別されるべき存在――自然生殖者なのだ。確定した訳ではないが、私の演算によればそれは99.86352%で真と出ている。
そしてそんな子供はまともには生きていけず、ほぼすぐに淘汰されるか、こんなところでひもじく生きていくしかない。見た所、彼女には保護者もいないようだ。
見て見ぬふりをするのは簡単だった。もしいまこの子に構ってしまえば、余計な面倒事を抱えることになるのも推測される。
だが私は無視できなかった。何故だろう。その孤独に、私は鏡を見るような思いでいたからか――まさか。
「あなた、名前はなんて言うの」
この子はこちらに興味を示していたが、こちらが興味を示すとは思っていなかったようだ、その大きな瞳をパチクリさせる。だがすぐに優しい微笑――邪気がない故にこそ、痛ましい――を見せて、言った。
「あたし、マリエッタ。お母さんに名前を貰ったの。マリエッタ・チリッチ」
「そう、マリエッタ」
彼女にふさわしい、可愛らしい名前だと思った。その名前は思った以上に、私の「奥」に響いた。
「その、お母さんはどこにいるの」
「とっくの昔に死んじゃった。おおきな病気に罹って」
「あ、え、その……ああ、ごめんなさい」
「別に気にしていないよ」
そしてマリエッタはその身の上話をあっけらかんと開陳した。
マリエッタの父はサイバー犯罪者だったらしい。守矢のようなハッカーではなく、もっと肉体的なところを攻めるタイプの。それで彼女の母も、愛情を持って接したのではなく、「盗んだ」ものだった。だがその父親は彼女が生まれてすぐCSAに「消されて」しまう。その後母とここに落ち延びてきたのだが、その母は彼女が言った通りに――
「あなたはどうやって生きているの」
「あたしと触れ合いたいひとはほとんどいないけど、こうしているとたまにお金をくれる人がいるの。それで食べ物とか買っているの」
この世界にこんな子が存在するとは。私の知識にはなかったものだ。いや、自然生殖者は虐げられているのは知っていた。だがそれを現実として目の当たりにすると、その――
「ねえ、お姉さんはお金くれるの?」
「お姉さん」というのも奇妙な呼ばれ方だった。私は生まれてから1年も経っていない。翻って、マリエッタは幼いとはいえ10歳くらいであると推測できる。単純な年齢で言えば彼女のほうが年上とも取れる。しかし彼女にとっては私は「お姉さん」に見えるのだ。そうならば、私もそう演じなければならない。
手持ちのマネーならまだ少し残っている。足も付いていない。それを渡して、いいことをした気分になって、そのまま去るのは簡単だった。
しかし。しかし。しかし。私の思考回路が無数の「しかし」を吐き出す。
「ごめんね、あなたにあげるお金はないわ」
「そうなんだ」
ダメで元々、と言った感じでマリエッタは特に残念がる風も見せない。その純真な双眸をみていると、私の中にある、「何かが」、締め付けられるような気がした。
放っておけない。
「でも……お金はあげられなくても、一緒に稼ぐ事はできるかもしれないわ」
「えっ」
「私は完全自律思考型AI、ベル。この世界に、望めばなんでも手に入る」
私はなにを言っているのだろうと思った。プログラムに致命的なバグが起こっているのではないか。しかし自己走査してもそれは見当たらなかった。念の為クレムにも走査させたが、いたって正常という回答しか返ってこなかった。
「あなたはひとり、私もひとり――でも一緒になれば、もうひとりじゃない」
止められない。止まるつもりもない。
「マリエッタ。あなたが望むなら――私と一緒に生きていかない」
それは淋しさのゆえだったのか? そんな馬鹿な。AIにそんな反応はないし、必要もない。だがしかし、しかし、しかし――またもやだ――あまりにも儚いマリエッタを見ていると、私の中で騒ぐものがあったのだ。そしてまずいことに私はAIであり、嘘を吐くことはできない。そう、自分自身にさえも――
「え、いいの」
「ええ。ふたりで幸せになりましょう」
「そんな……でも、ベルなら信じられるかな」
マリエッタはにっこりと笑った。凄絶な人生を歩みながら、その魂――いや、まだ私はその実在を信用してはいないが――には疑うというものがない。ひたすらに世界を純真に見ている。恐るべきほどにピュアであり、それ故に危険。
「うれしいな。ひょっとしたら神様ってホントにいるのかな」
「ええと、それは保証できないけど」
だがその危険な純真さこそ、私がマリエッタに惹かれた一番の理由なのだった。




