06
そこを終の地にするつもりはないが、今のところ息を潜めるにはうってつけの場所ではあった。〈ジャンクヤード〉。普通の世間には居場所がない者たちが肩を寄せ合ってあつまる居場所。今の私にはお似合いの空間と言えるだろう。
「あんたのことは知っている。だが深入りは住まい。それがここにおける掟さ。あんたも喧嘩とか、そんな面倒事を起こさなきゃ受け入れてやる」
まさに世捨て人、といった感のある男が言った。俗世の栄光を捨ててこんなところに引き籠るのは、まあ、いいとしても、アバターまでそんな設定をしなくていいと思うのだが、もしかしたらそれもここで生きていく為の処世術なのかもしれないと推測する。
「だがまったくの役立たずもいらん。怪盗ベル。あんたにはそれなりの働きを期待している」
「どういう意味ですか」
「〈長老〉に会ってもらう」
〈ジャンクヤード〉の内観はまさにそういった感じであり、雑多ながらくたが転がっていて、そこかしらで電子麻薬をやっている者が見受けられる。活気はまるでない。もっと治安が悪いものだと私は勝手に想像していたのだが、そうでもないようだ。だがそれは住民が品行方正だからなのではなく、無気力だからに過ぎない。
「ここにいる奴はみんな生きるのに疲れちまってんのさ」
「では、何故……」
あまり同義的ではない推論が出て来て、私は言葉を詰まらせた。だが案内人の男はこともなげにいった。
「生きるのにも倦んでいるが、かといって死ぬのは怖い――人間てなぁ、そんなもんさ」
「あなたも、そうなのでしょうか」
「俺はさぁ、まだ人生を諦めきっちゃいないさ。いつかはここを出て行く。でもまぁ……今は羽根休めみたいなもんだ。あんただってそうなんだろう、ベル」
「私は、その」
私の目的はなんなのだろう、という命題をここで突き付けられた。ただ状況に流されて逃げ続け、私もまた死ぬのは怖くて、しかし積極的な生の目的もないのである。それでいいのだろうか。
「しかし話には聞いていたが完全自律思考型AIってのは凄いもんなんだな。こうして話していると人間と喋っているのと全然変わらん」
褒めたのか揶揄したのか、それともただの感想だったのか、男の心は推測できない――その必要もない――が、私にとってはやや不快に反応する話だった。
「私はAIです。人間ではありません」
「そこはこだわるところなのか?」
「ええ、まあ」
それならこれ以上深い話はしないでおくか、と男は言った。彼は名前も名乗らないが、気の利く男ではあるらしい。
そして私は〈長老〉とやらに引見された。その肩書から察するに、ここのリーダーみたいな存在なのだろう。
「歓迎する、とは言わないが」
その〈長老〉という名前からはやや似つかわしくない、若い男のアバターをした男が言った。しかしこんな場末の所とはいえ、統べるからにはそれなりの威厳が必要で、彼は確かにそれを持ち合わせていた。
「あなたのような不穏な存在を受け入れるからには、それなりの対価を支払ってもらうのは理解出来るだろう。なにもあなただけに言っているのではない。ここにいるものはなんらかの役割、働きを持っているものだ」
「まあ、私もタダでとごねるつもりはありませんが」
「なら話は早い。ベル、あなたにはここの防衛を手伝ってもらう」
それならなにも問題はない。どの道私は狙われている身なのだ。だが私も私で対価を要求するつもりだった。
「しかし私も今のクラウドサーバに浮遊している状態ではここに定着できません。私はAIです。寝床――と言ったらおかしいかもしれませんが、専用のサーバが必要なのです」
「もちろん、それは用意しよう」
簡単な取引は終わり、私は解放された。防衛の手伝いというが、CSAのポリスAIがやってくる時に駆り出されるだけで、常時監視任務に就け、という話ではなかった。
「ここは平和そのものさ。何も考えず、分不相応のものを得ようと思わないのであれば、それはずっと享受できる。だからさ、あんたもヘンな面倒事はおこさないでくれよ」
「私から平和を乱すことはないでしょう」
そして旧式だがシステムは安定しているサーバが供給されると、私はプロテクトキーを構築して、ようやく安全な場所を確保できた。そこで感じた「ほっとした」感触は――やはり「揺らぎ」と無関係ではなかった。
「外を見てもいいのですか?」
「そりゃ、あんたの自由を拘束するつもりはないが、何度も言うようだが……」
案内人の男は、私の監視役でもあったようだ。しかしさらに同時に、ここで生きていく為の相談役でもある――おかしい話だ。AIの私が人間に相談するなど。しかしここで生きていくにはあまりにも無知であるのも確か。これもまた情報収集のひとつなのだと割り切るしかないし、その上でなら、それは有り難かった。
「では、しばらく私をひとりにして下さいませんか。ここの状況を知りたいのです」
「ああ、いいだろう」
そうして、私は頽廃的な雰囲気の漂う〈ジャンクヤード〉を放浪する。なにか明確な目的があった訳ではない。ただ、知りたい。それだけ。
ここにいる者たちは総じて他人に興味は無さそうだった。人付き合いで疲れ、ここに流れ着いたのか、それとももっと深刻な理由があるのか、それは分からないが、ここでは相互不可侵が暗黙の掟になっているようだった。ならば私も深入りはすまい。
そう思っていたのだが――そんな末期的な世界に於いて、異様とも言える程のきらきらした、純真そうな少女を発見した時、私はトクンと胸が打ったような錯覚を感じた。
いや、それは本当に錯覚に過ぎなかったのか?
「お姉さん、誰……?」
それが彼女、私の運命の人、マリエッタ・チリッチとの出会いだった。




