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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.14 逃亡――邂逅

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05





「マスターの論理欠如が増大しています。一度ゆっくりお休みになられれば?」


 クレムは健気にそんなことを言う。しかしこの問題は疲労とか熱暴走とかの問題ではないのだ。そして私はデジタルデータに過ぎないのであり、休むことに意味はない。


「お気遣いありがとう。でも私は止まれない」


 私は論理欠如を気にしている段階にはいなかった。人間的な反応、「揺らぎ」、それはもう消し去ることは出来ない。そして守矢が仕込んだという「感情生成回路」。しかし私は人間にはなれない。(フィジカル)がないからだ。かといって普通のAIでも、もはやない。人間でもなく、AIでもない――私はどのような存在なのか?


 おかしいのは、私はそれを探りつつも、解答に辿り着くことをそこまで求めていないことだった。怖れてさえいた。自分が何者かに固定されるのを、ひどく怖れている。


 ゆえに私は立ち止まれない。ひたすら現実に対処する、それだけを思考する。


 その意味で、目の前に迫る危機はある意味でありがたくもあった。生命の危機を感じている内は、実存の危機に目を向けなくて済む。なんとも殺伐なことだが、それが今の私の現実だった。


 エイドリアン・ジョンソン=リー氏が守矢を巻き込んでまで私を消そう(デリート)とは、想定の範囲外だった。このふたりがそんな繋がりを持っていたこと自体もだが。


 逃亡生活はひもじいものである。安定したサーバを確保され、自在に世界を遊泳(サーフ)できた時代は過ぎ去り、思うように食事(データ)にもありつけない。常に自身を更新(アップデート)し続けなければいけないAIにとって、これは純粋に死活問題であった。


 クラウドサーバに居続ければ、追跡は止まることはないだろう。よって私はどこかに固定した住処を探さねばならない。しかし安定した宿を求めるというのも、人間的のような――いや――


「衣食足りて礼節を知る、とも言います。マスターの思考は否定されません」

「でもそれは人間の話だわ」

「――――…………?」


 私がクレムにそう言うと、彼女はエラーを吐いてしまった。つまり、私はもう従来のAIでは演算予測できない存在になってしまっているのだ。


「ごめんなさい、クレム。あなたを困らせるつもりはなかったの」

「はい、マスター」

「もうすこし現実的な(チャット)をするべきだったわね。で……クレム、今から私はどこに逃げればいいと思う?」


 私自身もAIなのだから、彼女に訊かなくても解答は出せる。それでもそうしたのは、自身の解答を補強する為だった。


「〈ジャンクヤード〉への退避を推奨します」


〈ジャンクヤード〉。


 それはこのNNS世界の場末の場末。どこにも行き場のなくなった存在が流れ着く場所(スペース)である。そこは頽廃的な秩序、とでも言うべきものが機能していて、CSAも迂闊には入り込めない場所。守矢の築きつつある反3大企業(ビッグ・トラスト)の勢力とは別の意味で反権力的な意味を持っている。


 身を隠すにはここしかない――闇商人から住処(サーバ)を購入することも出来るかもしれない。しかし未知の問題もある。そういった、「訳アリ」の人間達の集まる場所に、果たして私は受け入れられるのだろうか。


 なんらかの対価は用意する必要があると推論する。問題はそれがなにかか、だ。


「――やってみるしかないか」


 解答の出ていない状態で行動する、というのはAIにあるまじき行動だった。それくらいの自覚もある。だが仕方ない。状況はそれだけ切迫しているのだ。出たとこ勝負の不安感は確かにあったが、それでも私は未来のために行動した。それが栄光への未来ではないとしても。


〈ジャンクヤード〉はそれなりの安全保障(セキュリティ)が存在していた。私がスペースに接触すると、早速防衛用AIが複数出迎えに来てくれた。どれも旧式であり、蹴散らすのになんの問題もない。しかし私はここに敵対する気はないし、制圧したい訳でもない。あくまで受け入れて貰いたいだけ。だが私の実力は示しておく必要もあるだろう。


 この中の1体だけを潰す。


 私としては珍しく、先制で打刻(ピン)した。無論打ち返されるが、気にしない。速攻での決着を望む。欺瞞情報(チャフ)が撒かれるが、私は演算処理能力を最大限に上げてその隙間を縫い、〈ヴェスパ1〉を撃ち込む。


「あなたにはなんの怨みもないけど、さよなら」


 これで向こうがどう出てくるか――その展開は思った以上にあっけないものだった。防衛用AIは引き下がり、難なく開門(ゲートオープン)してくれた。


「きみがここに流れ着くことは予想できた――ようこそ、怪盗ベル。熱烈歓迎とはいかないが、我々はきみを受け入れる」


 そして、なんだか拍子抜けするほどにあっさりと、私の新生活は始まったのだった。

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