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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.14 逃亡――邂逅

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04





 二重三重に偽装をしているので、万一スパイウェアが見つかっても私には紐付けされないだろうとは思うが、相手は守矢だから油断は出来ない。


 そもそもそんな心配をする必要すらないのかもしれない。別に私は守矢と敵対している訳ではないからだ。すこし慎重になりすぎている感もある。とはいえ彼も私もお尋ね者なのだから、用心に越したことはない筈。


 しかしそれにしても、向かいの男は何者なのだろうか、アバター越しでも只者ではない雰囲気を漂わせている。そして会談は友好的でも敵対的でもなさそうだった。


「まさかあなた自身が出向いてくるとは、少々驚きました」

「なにを言う。お前は昔から何事にも動じない男だったではないか」

「それは表向きだけですよ。ぼくの内情なんて実際はボロボロでした」


 どうやら昔からの知己といった感じが見て取れる。おそらくは彼のCSA時代の上司あたりか、と推測できる。しかしこの状況でCSAの男が守矢の前にいて話しているのも少々おかしい。


「それが企業を抜けた理由なのか?」

「組織人になるには向いていなかった、と悟っただけです」


 守矢はいつものように飄々としている。きっと地獄で閻魔大王に申し開きをする時も変わらぬ態度を取るのだろう。地獄があるかどうかは知らないが。


「それだけでは犯罪者(ハッカー)に転じた理由にはならないだろう。お前はなにかしらのわが社に対する怨みを持っている筈だ」

「ないですよ。自分の楽しい道を選んでいるだけです。それがいささかモラルに欠ける行為だとは認めますがね。それだけです。本当に怨みがあるのなら――ぼくはここであなたを殺していますよ」

「出来ると思うのか?」

「さあ。やってみないと分からないでしょう。しかしあなたは今、ぼくの『庭』にいることは間違いない」


 取り付く島もないといった感じの守矢と、異様な冷酷さを醸し出す男。話は平行線のようで、しかしどこか噛み合っているような気もするのは、そのままこのふたりの関係性を示していると言っていいだろう。個人的な友情はないが、お互いを高く評価している、リスペクトがあるといった風な――


 どうにも、私は女性的に作成されたきらいがある。男性心理というものはいまいち解析しにくい。人間心理自体がそうだが――現代のAIですら迂闊には踏み込めない領域――男性の、同性同士の関係というのは。


「安い脅迫だな」

「事実を描写しているだけですよ。あなたは危険を顧みずにぼくの懐に飛び込んできた、その自覚はあるんでしょう」

「それは確かにそうだ」

「昔からそうだ。個人主義的で独断専行の癖がある。それがCSAの力を強化したのは認めますがね――しかしそんなあなたがCEOというのは中々面白い話です、エイドリアン」


 えっ、と声が出そうになった。そんな馬鹿な事があるのか――と深く動揺した。頭が揺さぶられるような感触があった。


 今ここで、守矢が相対しているのはエイドリアン・ジョンソン=リー――泣く子も黙るCSAのトップ。


 公式で使っているアバターとは全く違ったものだ。ホログラム・ビジョンで情報発信する時の彼は恰幅のいい金髪の壮年男性、大企業のCEOならこんな感じだろう、といった理想形をしていた。しかし今の彼の姿は企業の役員というよりは、エージェントを統べる実行部隊の長、という雰囲気のようだ。ということは、彼は今守矢にその面を見せようとしているのである。


 人間はいくつもの仮面(ペルソナ)を持っているということか。


「私を甘く見ない方がいい。それは分かっているだろう、守矢晋作。お前は少々前に出過ぎたな。軌道エレベータを『盗んだ』ことで、〈スピアー〉がお前であると特定できた」

「脅し合いですね。中々楽しい」


 となると守矢はかなり危険な立ち位置にいる筈なのだが、ふくふくと笑っている。不遜ではあるが嫌味が見えないいつもの顔――私は彼に愛情はないが、別に嫌いでもないことに気付いた。いっぽう剃髪の男――ジョンソン=リー氏には冷たい感触を受ける。


「無駄話はもういいでしょう。そろそろ本題に入ってくださいよ」

「お前には製造者責任を取ってもらう」


 私の中に、尖った氷が突き刺さったような気がした。


「どういう意味です?」

「分かっているだろう――あのAI、『ベル』だ。あれは危険すぎる。社の中ではお前を優先するべきという声が大きいが、私は奴のほうを先に消すべきだと思っている」

「ふぅむ」


 守矢は唸った。しかし私はそれどころではなかった。尋常ならざる緊張が走る。


「単刀直入に言おう、晋作。『ベル』を消す(デリート)のに手を貸せ」

「そうは言ってもですね。今のところ、ベルは手が離れたとはいえ敵という訳でもないし、敵という意味ならあなたたちこそがそうなんですがね」

「奴が敵に回ってからでは遅いぞ。完全自律思考型AIはどんな変化を起こすか分からん」

「それで、ぼくにどんなメリットを提供するんです」

「奴を始末するまでは、停戦してやる」

「呉越同舟、という訳ですか。エイドリアンにしては柔軟なお考えで」


 守矢は腕を組んで考える――ふりをした。私には解析できる。彼の考えはすでに決まっている筈だ。


「ぼくはまだ、彼女を手元に戻すことを諦めていませんよ」

「断るということか?」

「せっかく波風立たない言い方をしたのに、台無しですね」


 今のところ、守矢は敵に回る気配はない――それはそれでよいことなのだが、私はここに至り、とてつもない危機感を持たねばならなくなった。もしかしたら状況が変わってふたりが手を組む時もあるかもしれない。そして、私を――


「いいだろう。ならばお前への攻撃は続ける。それでいいのか? 我々を敵に回して、このままやっていけると思っているのか」

「状況はすでにぼく個人を殺せば終わる段階にはないですよ」


 ジョンソン=リー氏はそこまで執拗に守矢を説得するつもりはないようだった。彼にとって守矢はあくまで敵なのだ。


「仕方ないな。しかし頑固なところは私の部下だった頃から変わらんな」

「お互いにね」


 そう言ったきり、ジョンソン=リー氏は去って行った。


 そしてアジトが静かになってしばらくしたあと、彼はおもむろにモニターらしきものに目を向け、微笑を浮かべて言った。


「とりあえず貸しひとつだ。でもぼくの下に帰ってくる気があるならチャラにしてあげるよ。どうだい、ベル」


 気付かれていた!


 これ以上はまずい。私はクレムに命令して、早急にスパイウェアを撤収させるのだった。

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