03
3大企業の情報統制は――メディアはAEの管轄だが――大したもので、あれだけ面白おかしく報道されていた「怪盗ベル」の姿はニュースからすっかり消えていた。それはよろしいことなのかもしれないが、いっぽうで自分がこの世から消えたような気がしなくもない。贅沢な話ではあるが。
〈ハドリアヌス〉事件についても、私の関わりは完全に隠蔽されていた。奴らは文字通り闇に葬る気なのだ。守矢と私の繋がりも、市井の人々のほとんどが気付いていない。
それで、代わりにニュースになっていたのが守矢だった。当たり前ではあるが、彼は悪辣非道な狂人として報道されている。世間の意見も概ね一致していた。民衆とはそういうものである。今ここにある平穏を大事にする。それはなにも間違っていない。
だがしかし、ビッグ・トラストに虐げられている者も当然いて、そういった輩が少しずつ守矢のところに集まっている。CSAが私を徹底的に追ってこないのは、守矢のほうが主敵になっているから。
「それはそれでどうかって思うけれど」
すこし危険ではあるが、守矢の近辺を探ってみることにした、この世界がどう変わっていくのか、情報の使徒として興味を持ったのである。
彼に再会しようとは思っていない。
深入りすると危険なのは分かっている。だからあくまで周辺情報だけ。とはいえニュースで得られるだけのものだけでもつまらない。その辺りの匙加減をどうするか――じつのところ、あまり決めていない。エージェント、もしくは守矢側に悟られる前に切り上げるというところくらい。しかし戦闘が不可避ならそれは対処せねばなるまい。
そういう訳で私は準備する。自身でつくるソフトウェア――私はそういうことが可能になったのだ。それはサクラさんを弄った時に出来た副産物である。私本体が出向くのは少々危険だから、遠隔操作でのスパイウェアを作成した。
「名前は――何にしようか」
私が使うだけのものなのだから、別に名前など必要ないのだが、私はすっかり「怪盗」気分になっていた。ならばそれらしく振る舞うのも悪くはない。そういった人間的な感性とでも言うべきものが芽生えているのは少々危うくもあったが、それはもうそういうものとして割り切るしかない。
少し思案して、やや気の利いたところに欠ける気もしたが、それには〈ボンド1〉という名前が付いた。昔世界的に大ヒットしたスパイ小説、そして映画の主人公の名前から取った。私にネーミングセンスはあまりないのかもしれない。
まあいいだろう。
問題はどうやって仕込むかだ。私の接続だとバレてしまったら元も子もない。そういう理由があって、私はなにかと便利なクレムを使うことにした。元はと言えば彼女は守矢が私に搭載したものなのだから、皮肉と言えば皮肉である。いや、それを言えばそもそも私を作成したことが、か。
「クレム、頼むわね」
「お任せください。命令は忠実に実行します」
彼女から足が着く可能性もなくはないが、私自身が行使するよりだいぶんマシだと判断した。そして私の判断はほぼ間違いない。合理的な演算思考を行えるのが私。そのはず。「揺らぎ」は「揺らぎ」で存在するが、それとは今のところ関係ない。
「状況終了しました。いつでも閲覧可能です」
果たして、クレムはじつにいい仕事をしてくれた。彼女はそれを誇ろうともしないし、奢ることもない。命令に忠実な、感情がある筈もないAIだからだ。かつては私もそうだった筈だ。それが――少し懐かしい気もする。
さて、守矢は今どうしているか。私は自在というまでには行かないが、それを捉えられる。
盗み見というのはあまり褒められた行為ではない。そんなことは分かっているが、守矢にとってはまたもや皮肉なことに、私には倫理観が存在しない。芽生える気配もない。
戦略的な目標とかはない。単純に興味だけだ。もう私は直接彼と関わる気を持っていない。なんというか、一人で生きていくつもりになっていた。AIが独自に生きる、とは奇妙かもしれないが――
私は見る。それだけ。
守矢の個人空間は以前の通り殺風景で、どこか子供じみた秘密基地然としている。容姿も変わらない。世間の騒ぎをよそに、彼は平穏な日々を送っているように見える――のは、単に彼が内心を決して見せない秘密主義だからに過ぎないだろう。
しかし異変もあった。
「あれ、誰かしら」
テーブルを挟んで守矢と、知らない顔の男が向かい合わせに座っていた。ジェフでもアスムッセン氏でもない。まあ、私が知らないだけで守矢もほかに泥棒仲間を持っているのは考えられる話。しかしそれにしては友好的な雰囲気がなかった。
男は細身で背が高く、剃髪にしてサングラスを掛けている。もちろん、それは自分もしくは誰かが作成したアバターに過ぎないのだが、自分をどう見せるかがそれには必ず出る。そしてそのイメージは最近よく遭遇している存在――エージェントに似通ったものだった。より研ぎ澄まされた仕事人、といった風である。
守矢がつかみどころのない水だとすれば、彼は触れると凍傷するドライアイス、といった感じがある。守矢が飄々としているから分かりにくいが、そこにはそこはかとない緊張感があるように見える。だからこそ私の〈ボンド1〉は気付かれていないのかもしれない。本当に気付かれていない、とすればの話だが……
私もまた緊張感を持って観察する。その空気はそれを強いるものだった。
そして私はそこで驚くべき事実を確認することになる。




