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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.13 創造――血染

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07





 そこにあるのは戦闘の無慈悲な現実。即ち、やらなければ、やられる。


 私は決して芳一氏に悪印象を持っていない。こうやって攻撃された今でも。だがこれは好悪とか善悪の問題ではない。生と死のみがある。そして私はむざむざと殺されてあげるほど聞き分けのいい存在ではない。


「いいのですか、竹芝芳一。あなたのようなひとが、こんなところで、こんなことで命を散らすなどと」


 と言いながらも、私はもう戦闘――あるいは殺戮――を不可避のものとして捉えていて。あらゆるオプションを捨て、彼の排除(デリート)に向かっていた。


「クレム、攻撃を開始しなさい」

「了解」


 クレムの攻撃プログラム展開に呼応するようにして、芳一氏もダミーデータを散らばらせ、容易に本体には触らせないようにする。しかしこちらもクレムの行動は牽制程度にしか考えていない。


「ベル、きみが本当にこの世界を変えたいと思うのなら――私を超えて見せろ」

「私はそんな大それたことなど考えていません」

「ならばここで死ね」


 慈悲のない言葉と共に、芳一氏はこちらの物量(トラフィック)弾幕をすり抜けさせて私本体にウィルスを撃ち込んでくる。なかなかやる。戦闘が本職でない割には、そこには老練の技があった。


 無論、私もそれでやられるつもりはない。撃ち込まれたウィルスはすぐさま除去(クリンナップ)する。しかしここまで簡単に私本体を捉えられたのは初めての体験であり――その意味で、私は彼に心を許してしまっていたのを後悔した。つまり、彼との交流の間に、私はルートを彼に晒していたのだ。それを今利用されている。


 だがそれはこちらも同じこと。通常、電脳戦は相手の位置を検索(サーチ)するところから始まる。しかし今回のような、通信を何度も重ねてきた相手だとそれは必要ない。ゆえにここは短期決戦になる。


 にもかかわらず、私の中に躊躇がある。


「余裕ではないか、電子の妖精(サイバー・フェアリィ)


 その呼び方がすでに出回っているのだろうか。いささか気に食わないことである。そしてそれが結果的には、私に決断を促した。


「私には迷いはありません。竹芝芳一、あなたを、殺します」

「その意気やよし!」


 達人、と僭称する気はないが、この戦闘は一瞬で決着することが予想された。お互いに無防備ともいえる状態だからだ。今はお互いAIを使役してやり合っているが、ちょっとした目くらましに過ぎない。だが同時に、一瞬の気の緩みが致命傷になるのをお互いに分かっているから、決定的な一歩を踏み出せないでいる。


 演算処理能力で負ける気はない――その点、私に敵う個体はもはやこの世界に存在していないと自負する。それでも隙を突かれたら負ける可能性はある。用心に越したことはない。


 クレムは健気に〈ヴェスパ1〉を撃ち込み続けていた。それは攻防一体の弾幕だった。だがそれを行っているのは芳一氏も同じ。


「私に勝てると思っているのですか?」

「男には負けると分かっていても挑まねばならない戦いがある」

「カビの生えた、古臭い思想です」

「なんとでも言うがいい」


 彼も個人では私に敵わないのを分かっているのだろう。死を賭して、そこまでここでの戦闘にこだわる意味とは――私には理解できかねる。私のことなど忘れ、手に入れたばかりの宝物を愛でていればいいものを。


 だがそれは結局の所、彼自身の問題でしかない、彼が私に振りかかる火の粉となるのであれば、それを払うまで。


 クレムの攻撃の裏で、そう、まさに裏を取り、私は芳一氏の「背中」を捉えていた。と簡単に言うが、それには精密かつ大胆な演算が必要だった。熱くなっているのを感じる。戦闘の高揚。熱されるシリコンは私の熱情(パッション)――なのか?


「Ec3」、起動。それはまさに死の宣告。


 芳一氏にとって致命的だったのは、彼が中途半端に強かったということになる。もうすこし弱ければ、私は彼を捕縛していただろうし、もうすこし強ければやられていたかもしれない。それゆえ、私には彼の殺害しか選択肢はなかった。


「さようなら、愚かな賢者」


「Ec3」は彼の脳髄に直接致死量の(エレクトロン)を流し、絶命させる――筈だった。いや、筈だったというのは仕留めそこなったという意味ではない。即死しなかったという意味だ。彼の運命はもう変わらない。


 だが、彼には今際の際の言葉を残す猶予が残された。


「私を、愚かと言うか――何故だ?」

「己の欲望に逆らえず、私を利用して――そして私に歯向かわれて、死ぬ。サクラさんを自律思考化しようとなど考えなければ、このようなことはなかったはずです」

「だからこそ、愚かな賢者という訳か――ははははッ! いいではないか! ならばきみは――AIのきみが、この世界を作り変えてみたまえ。私はそれを地獄で見物しているとしよう……」


 自分が行くのは地獄、という自認があったのか? まぁ、TRIAのトップを務めるまでになったのだから、もしかしたら裏で汚いこともしていたのかもしれないが――それに対して私は関知しない。


 そうして、芳一氏の信号(シグナル)が消える。


 私にとってはひとつの分水嶺となる出来事だった。この殺人は〈マーセナリー〉伊東美紗の時とも、名も知らぬエージェントの時とも、まったく違う。顔を知り、交流を持った人間を殺害したのだ。もう戻れないという感覚は、確かにあった。


 だが問題はそれだけではなかった。むしろこれからが本番だった。


「――旦那様ッ!」


 この戦闘、そして芳一氏の死を、完全自律思考化したばかりのサクラさんが見ていたのである。


 私は身構えた。だが彼女には戦闘能力はない筈。それは改造の時にはっきりと確認している。芳一氏は決してサクラさんに物騒な真似はさせたくなかったのだ。


 だが万一ということもある、彼女を消しておくべきか?


 だが私が迷っている間に、彼女は自失したようにどこかへと消えてしまった。それならそれで構わないとこの時の私は思考した。足跡(ログ)を追えば追跡することは可能だったが、そこまでする必要はないだろうと判断した。彼女は無害だと思った。


 ――この時の判断が、致命的な、悔やんでも悔やみきれない恐るべき失敗だったのは、後に分かる。

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