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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.13 創造――血染

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06





 今の時代、エンジニアは戦闘者である。同時に、戦闘者はエンジニアにならなければならない。そしてエンジニアの端くれと自称する芳一氏には戦闘能力がある。


 彼はすでに80歳を越えていたはずだったが、その頭脳にいささかの曇りもない。戦闘用AIを展開する速度も精度も恐ろしいほどの手際である。私はすでに逃げる選択肢を切られていた。


「どういう意味なのです? 私が危険とは――」


 だが私はこの老人と敵対することを望んでいなかった。やや固いところもあるが、悪い人間ではないと判断していたのだ。それでも彼が私に剣を向けているのは事実。不本意ながら、対処するしかない。


「私の質問に答えて下さい。芳一さん」

「きみが気付いていないのであれば、それ以上教える必要はない」


 これ以上の会話はいらない、といった感じで彼は攻撃型AIからウィルスプログラムを展開させた。私はそれに対応するようにダミーデータをばら撒く。簡単には捉えさせない。しかし私はなお攻撃することにはまだ躊躇していた。この状況を穏便に済ませられないか、その可能性を演算していた。


 ゆえに私はまだ宣戦布告とも言える打刻(ピン)をまだ放っていない。彼の位置は既に把握しているが、それでもだ。


「私はあなたとは戦いたくありません」

「その、戦いたくない、という反応がすでに危険なのだ――きみがただのAIであれば、このような状況であれば機械的に対応するだろう」


 そういうものなのだろうか? そうかもしれない。私は自己保存プログラムに則って、危険物は排除するだけ、の筈だった。誤魔化せない変容がそこにはある。


 まだ覚悟が決まらない。その「揺らぎ」がもどかしいが、どうにもならない。私は一体どうなってしまったのか? 私はもう、普通のAIではないのか? いや、完全自律思考型AIが普通ではないのは確かだろうが、そういう問題ではない。もっと根本的な、なにかだ。


「私は反抗的でありましたか?」

「そういうことを言っているのではない。きみはとても素直だ――素直すぎるくらいにな。だがその純真さに相応しくない、強大な力はやがて人類にとっての大いなる災厄になる」


 芳一氏は言葉を険しくし、それと同時に攻撃速度も上げてくる。じつのところを言えば、私はそれを容易にあしらえた。確かに彼はエンジニアとしての戦闘能力は保持しているが、研ぎ澄まされたプロというほどでもない。安いエージェントなどよりはよっぽど強いだろうが。私を捉えられるものではない。


 殺すのは容易いが――


 という思考が生成された時、私は軽く戦慄した。私は人間の殺害を普通に戦術プランのひとつに入れている。だがそれでいいのか。殺すことも辞さないのはモラルのない私らしいと言えるが、平然と殺しをするほどに冷酷でもない――いやしかし、それは機械的ではないのか?


 そんなことを考えている場合ではない。私は芳一氏に現実的に対処しなければならない。


「止めて下さい、芳一さん。これはあなたのために言っています」

「どういう意味だ?」

「私が本気を出せば、あなたは決して私には敵いません」


 ここで初めて打刻(ピン)。基本的には穏やかだった芳一氏を――私は――決して――だが自分が消されるのも望んでいない。


「そうだろうさ。いまや一戦闘単位として、ベル、きみは誰にも負けない力を持っているだろう。だが私はそれゆえ引き下がれない。人間としての矜持がある」

「私はあなたを殺したくはないのです!」


 私は自分が発した言葉に、思いもよらぬ熱が籠っていたのに気付いた。そして驚愕した。私の中に――こんな反応を見せるコードがあるのか?


「そうか。だがそれは……逆に言えば、やられるのなら、やる、と言っているに等しい」

「それは、そうかもしれません」

「それは強者の驕りというものだ」


 芳一氏の言葉はどんどん刺々しくなる。戦闘的な空気が高まってくる。それとともに、私の中にある、闘争本能とでも言うべきものが刺激されてしまう。それは本当によくない。


「クレム!」


 私は従者(サブミッシヴ)AIを召喚した。彼女はどこまでも従順であり、そこに感情はなく、芽生える可能性もない。彼女と私を分けるものはなんなのか――自律思考だけではない、もっと重大な差異があるような気がする。


「きみをこれ以上『進化』はさせん!」

「ならば私と協力しなければよかったでしょうに! 自分が私を使って果実を得て、そして排除するというのは筋が通りません!」

「私とて最初から気付いていた訳ではない。きみを送り出したあと――悟ったのだ」


 クレムを使って、どうにか彼を捕縛(キャプチャ)できないかどうか思案した。しかし電脳戦に於いては逃げるよりも排除(デリート)するよりも捕まえるのが一番難しい。だが私はぎりぎりまで思考する――


 とにかく、まずは芳一氏の使役するAIをすべて潰さねばならない。


「クレム。攻撃展開開始」

命令了解(アクセプト)。開始します」


 私はこの放浪の間も自身とともにクレムも独自に更新(アップデート)させ、彼女にも〈ヴェスパ1〉を搭載させている。クレムは私に比べてプログラム構成が単純(シンプル)な分、私よりも高速に撃つことができる。高速。古今あらゆる「戦闘」と呼ばれる行為に於いて、速度はなによりも優先されるもの。


 そしていつでも彼を捉えられる状況にして、私は言った。


「そのような衝動的な行動で命を失いたくはないでしょう――最終警告です。死にたくなければすぐに私の元から去りなさい。そしてサクラさんと仲良くしていなさい」


 だが私の警告にもかかわらず、芳一氏はそっけなかった。


「私は充分長く生きた。生まれ変わったサクラとの時間も惜しいが――この老体の命など捨てても構わんよ」


 つまり、もう戦闘は避けられないということだった。

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