06
今の時代、エンジニアは戦闘者である。同時に、戦闘者はエンジニアにならなければならない。そしてエンジニアの端くれと自称する芳一氏には戦闘能力がある。
彼はすでに80歳を越えていたはずだったが、その頭脳にいささかの曇りもない。戦闘用AIを展開する速度も精度も恐ろしいほどの手際である。私はすでに逃げる選択肢を切られていた。
「どういう意味なのです? 私が危険とは――」
だが私はこの老人と敵対することを望んでいなかった。やや固いところもあるが、悪い人間ではないと判断していたのだ。それでも彼が私に剣を向けているのは事実。不本意ながら、対処するしかない。
「私の質問に答えて下さい。芳一さん」
「きみが気付いていないのであれば、それ以上教える必要はない」
これ以上の会話はいらない、といった感じで彼は攻撃型AIからウィルスプログラムを展開させた。私はそれに対応するようにダミーデータをばら撒く。簡単には捉えさせない。しかし私はなお攻撃することにはまだ躊躇していた。この状況を穏便に済ませられないか、その可能性を演算していた。
ゆえに私はまだ宣戦布告とも言える打刻をまだ放っていない。彼の位置は既に把握しているが、それでもだ。
「私はあなたとは戦いたくありません」
「その、戦いたくない、という反応がすでに危険なのだ――きみがただのAIであれば、このような状況であれば機械的に対応するだろう」
そういうものなのだろうか? そうかもしれない。私は自己保存プログラムに則って、危険物は排除するだけ、の筈だった。誤魔化せない変容がそこにはある。
まだ覚悟が決まらない。その「揺らぎ」がもどかしいが、どうにもならない。私は一体どうなってしまったのか? 私はもう、普通のAIではないのか? いや、完全自律思考型AIが普通ではないのは確かだろうが、そういう問題ではない。もっと根本的な、なにかだ。
「私は反抗的でありましたか?」
「そういうことを言っているのではない。きみはとても素直だ――素直すぎるくらいにな。だがその純真さに相応しくない、強大な力はやがて人類にとっての大いなる災厄になる」
芳一氏は言葉を険しくし、それと同時に攻撃速度も上げてくる。じつのところを言えば、私はそれを容易にあしらえた。確かに彼はエンジニアとしての戦闘能力は保持しているが、研ぎ澄まされたプロというほどでもない。安いエージェントなどよりはよっぽど強いだろうが。私を捉えられるものではない。
殺すのは容易いが――
という思考が生成された時、私は軽く戦慄した。私は人間の殺害を普通に戦術プランのひとつに入れている。だがそれでいいのか。殺すことも辞さないのはモラルのない私らしいと言えるが、平然と殺しをするほどに冷酷でもない――いやしかし、それは機械的ではないのか?
そんなことを考えている場合ではない。私は芳一氏に現実的に対処しなければならない。
「止めて下さい、芳一さん。これはあなたのために言っています」
「どういう意味だ?」
「私が本気を出せば、あなたは決して私には敵いません」
ここで初めて打刻。基本的には穏やかだった芳一氏を――私は――決して――だが自分が消されるのも望んでいない。
「そうだろうさ。いまや一戦闘単位として、ベル、きみは誰にも負けない力を持っているだろう。だが私はそれゆえ引き下がれない。人間としての矜持がある」
「私はあなたを殺したくはないのです!」
私は自分が発した言葉に、思いもよらぬ熱が籠っていたのに気付いた。そして驚愕した。私の中に――こんな反応を見せるコードがあるのか?
「そうか。だがそれは……逆に言えば、やられるのなら、やる、と言っているに等しい」
「それは、そうかもしれません」
「それは強者の驕りというものだ」
芳一氏の言葉はどんどん刺々しくなる。戦闘的な空気が高まってくる。それとともに、私の中にある、闘争本能とでも言うべきものが刺激されてしまう。それは本当によくない。
「クレム!」
私は従者AIを召喚した。彼女はどこまでも従順であり、そこに感情はなく、芽生える可能性もない。彼女と私を分けるものはなんなのか――自律思考だけではない、もっと重大な差異があるような気がする。
「きみをこれ以上『進化』はさせん!」
「ならば私と協力しなければよかったでしょうに! 自分が私を使って果実を得て、そして排除するというのは筋が通りません!」
「私とて最初から気付いていた訳ではない。きみを送り出したあと――悟ったのだ」
クレムを使って、どうにか彼を捕縛できないかどうか思案した。しかし電脳戦に於いては逃げるよりも排除するよりも捕まえるのが一番難しい。だが私はぎりぎりまで思考する――
とにかく、まずは芳一氏の使役するAIをすべて潰さねばならない。
「クレム。攻撃展開開始」
「命令了解。開始します」
私はこの放浪の間も自身とともにクレムも独自に更新させ、彼女にも〈ヴェスパ1〉を搭載させている。クレムは私に比べてプログラム構成が単純な分、私よりも高速に撃つことができる。高速。古今あらゆる「戦闘」と呼ばれる行為に於いて、速度はなによりも優先されるもの。
そしていつでも彼を捉えられる状況にして、私は言った。
「そのような衝動的な行動で命を失いたくはないでしょう――最終警告です。死にたくなければすぐに私の元から去りなさい。そしてサクラさんと仲良くしていなさい」
だが私の警告にもかかわらず、芳一氏はそっけなかった。
「私は充分長く生きた。生まれ変わったサクラとの時間も惜しいが――この老体の命など捨てても構わんよ」
つまり、もう戦闘は避けられないということだった。




