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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.13 創造――血染

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04





 話は既にサクラさんを完全自律思考化する方向に進んでいたが、ここでサクラさん自身の意思を訊いていないことに気付いた――と思ったが、それは必要ないとすぐに考え直した。彼女は従来型のAIであり、自律した意思というものはない。


「最後に訊いておきますけれど、本当にそれでいいのですか。恐らくですが、彼女を『変えて』しまえば、もはや元には戻せないでしょう」

「そうだろうな」


 覚悟を決めているように、静かな声で芳一氏は言った。だがその危険性を本当に認識しているのか――信心ゆえに――疑わしい。私自身が証明した通り、完全自律思考型AIは危うい存在である。彼の思うようなサクラさんにならない可能性もあるし、離反する可能性、いや、最悪反逆ということも考えられる――


 ――反逆?


 はて、何故そんな演算が起こったのだろうか。自律思考型と言えどもAIはAIである。使用者に対する反抗など思考回路には存在しない筈だ。


 すこし気になったが、話を進めるしかない。このことによって芳一氏がどんな不利益を蒙ろうとも、私には関係無い。


 まずは芳一氏に頼んで守矢が渡したというソースコードを見せて貰うところからだった。


 それを見て、私は軽く眩暈がした。膨大な量のコードが並んである。分厚い百科事典にも匹敵する分量が、オリジナル言語で書かれていた。


「彼は天才だな。私にはまるで理解できないプログラム構成になっている。見ていて気が狂いそうだった。天才というよりは狂人かもしれない。企業の組織力なしに、個人でこんなものを作り上げてしまうとは」

「彼は3年掛かった、と言っていました」


 そしてつまり、そのコードは私の原型(アーキタイプ)でもあるのだ。そっくりそのままではないだろうが、それは私自身の骨格を見ているようでもあった。奇妙な感じだった。この(ソース)から、私は生まれた――


 もちろん、これをそのままコピーすればいいという話ではない。これは私を作った時のコード。つまりそれをそのまま使っても私のコピーが出来るだけである。


 そこが芳一氏の苦悩している所だったのだろう。彼は完全自律思考型ならなんでもいい訳ではなく、この世に唯一の存在――「サクラ」という自律思考型AIを欲しているからだ。望みどおりに作成するには、これを参考にオリジナルのプログラムコードを組む必要がある。


「ゼロから作るよりかはだいぶんマシでしょうが」


 とにかく、手を入れてみないことには何も始まらない。という訳で、今度はサクラさんのソースを開示(オープン)してもらわなければならなかった。


「この演算に耐えるには、強靭なスタンドアロンユニットが必要です。芳一さんはそれを用意出来ますか?」

「それならすでに調達してある。本職ではないにしても、私もエンジニアの端くれなのでね。それくらいのことなど理解している」


 ならば問題はない。いささかモラルに欠けるような気もするのだが、モラルを気にする私でもないのでそのまま進める。


「サクラさん。今からあなたを変えてしまいます。よろしいですか」

「よろしくお願いします」

「では芳一さん。彼女を一旦停止させ、ソース開示モードにして下さい」

「分かった」


 周りの風景が変わった。というより風景がなくなった。姿(アバター)としてのサクラさんは一旦消え、コードの文字列だけになった。これはこれで見事な、隙のない、美しい言語で書かれている。それを囲むようにして、私と芳一氏がいる。


 これを芳一氏と私の共同作業で書き換えていくのである。気の遠くなるような作業――まるで終わりが見えない。


「『サクラさん』の形が残るようにして自律思考を植え付ける……」


 ひとつでも間違うと致命的なバグを起こしかねない。それを回避するために最善プログラムを提示し、私がメインになって書き換えるが、肝心のところは芳一氏に任せる。「サクラさん」のコアになっている箇所は彼にしか分からないからだ。


「老体にはこたえる仕事だ」


 しかし芳一氏は無理をしながらも辛抱強くプログラム作成に耐えた。それは3ヶ月にも及んだ。守矢の言った3年という歳月に比べれば――すでに「型」が出来上がっている上だとは言っても――はるかに短い期間で書き換えは行われた。


 それは私の演算処理能力を証明する機会にもなった。守矢も私の作成にはAIの補助を使ったのだろうが、ここまでではあるまい。今回の書き換えでは8割ほどが私の仕事になった。不思議なことに、私の処理能力は連続稼働によって減速することはなく、むしろ冴え渡った。成長を自覚する――しかし私の能力は危険な水域に入っているのではないか。


 ともあれ、私は完全自律思考型AIは情報処理の補助だけではなく直接エンジニアにもなれることを実証したのだった。


 それがよくなかった。


 その長期間の作業が終わり、サクラさんを再起動させる時がやって来た。芳一氏もかなり疲れているだろうが、それは表には見せず、ある意味では漲っているところを見せ付けた。人間とは不思議なものだ。


「いよいよか――私のサクラが、戻ってくる……」


 彼とて、AIのサクラさんが、亡くなった本当のサクラさんと同一の存在とは思っているまい。しかしそれでも、生き写しの彼女が甦ることを望み、そう言っているのである。


 部屋は再び和風旅館に戻る。卓を囲んで、私と芳一氏は横に並んで、向かい側にはサクラさんがいる。全員座布団に正座で座っている。こんな姿勢を取るのも、そう言えば初めてだった。


「サクラの魂を再び、彼女に吹き込んだ……私はそう信じている」

「本当にそうなれば、それは――」


 素敵なことです、と言いかけて私は口を噤んだ。それは本当にそうなのか、と思ってしまったからだ。私は嘘が吐けないようになっている。誤魔化すことはできるが。


 サクラさんの瞳は焦点が合わず、虚空を見ているようだ。まだ再起動(リブート)は始まっていない。さて、彼女が起きた時、それは芳一氏が本当に望むものになっているのか――


「再起動には主人(マスター)の言葉が必要です。芳一さん、彼女に声を掛けてあげて下さい」

「分かった。サクラ――目覚めなさい。お前が還ってくる時だよ」


 彼がそう言うと、サクラさんの瞳に色が灯り、澄んだ顔をして微笑し、それから三つ指ついて深々とお辞儀した。


「戻って参りました、旦那様――再びお会いできて嬉しいです」


 それが彼女の本音から出た言葉なのか、それとも芳一氏を喜ばせるために出した演算結果に過ぎなかったのか、それはまだ分からない。

 

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