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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.13 創造――血染

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02





 果たして竹芝芳一氏が私の誘いに乗ってくるか、それは一つの賭けだった。彼は私を警戒しているのではないか、と予想しているのである。それに、私は彼が望むものを持っている訳ではない。いささか分の悪い賭けだったと認めざるを得ない。


 だが勝機が無かった訳でもない。それはすぐに証明された。


〈ヤングマン〉の個人会話(チャット)ルームは完全にオープンになっている。来るもの拒ます、という訳だ。淋しいのだろうか。現役は引退したとはいえ、竹芝芳一氏は世界の要人のひとりであることに変わりはない。すこし不用心なのではないか、とすこし思考したが、やがて私は自分には関係無い、と結論した。


 ほかの人間がルームにいない間を狙って、私は入室した。入室する際には名前を打ち込む必要があったが、ここで捻っても仕方ないので、素直にベルと名乗る。それだけでも聡明なこの老人はその意味に気付くだろう。


『ベル? ああ、そうか。きみは〈スピアー〉の……」

『ごきげんよう。お久しぶりです』


 私の予想に反して――となるとAIとしてはやや忸怩たるものがあるのだが――芳一氏はあまり警戒していないようだった。


『〈ハドリアヌス〉事件のあと行方不明になっていたと聞いていたが』

『私を狙う者はいます』

『そうか。大変なのだな』


 警戒しないどころか、気を遣わせているようですらある。私が悪印象を持たれていないのは悪くない話だが、彼がそこまで優しいのかはやや不明瞭な所がある。


 そこを問い質すと、彼はこう言った。


『なに。きみのような存在は、私にとっては孫娘のようにも見えるのだよ』

『はあ』


 この世界、この時代、ほとんどの者が試験管で生まれてくるゆえ、血縁関係については一般的に意識は稀薄である。しかし芳一氏はそうではないようだった。亡き妻を今でも思っているし、息子の亮氏にも会社を継がせている。


『御冗談を。私はAIに過ぎません』

『だが完全自律思考型だ。そして今や独自の意思で動いている。そこに人間との差は――どれほどあろうか?』

『難しいことを仰います』


 ここに来て、私は形而上的な命題を突き付けられている。だが別に私は人間になりたい訳でもないし、なることも出来ないだろう。だがその先には、今私が求めている解答、それそのものではなくともその糸口(ヒント)があるようにも感知する。


『まあ、それだけきみが可愛らしいということだよ、ベル』


 私ほど可愛げのないAIもいないと思うのだが、ともかく彼はそう言った。


『ともあれ、ここできみと接触できたのは僥倖だ……実際のところ、私は行き詰っているのだ。私独力では自律思考型を作れない。そしてこの情勢では〈スピアー〉に会うのも困難だ』

『と言って、私が自律思考型を作成する技術を持っている訳ではないですけれど』


 そこで芳一氏はルームに自分の顔の映像(ビジョン)を映し出した。そこにはふくふくと笑っている好々爺の姿があった。


『ソースコード自体は受け取っているのだ。だからひとつのブレイクスルーがあれば完成すると考えている。つまりきみと協力したい。類稀な演算処理能力を持つ、完全自律思考型AI・ベルとなら』


 ひょっとしておだてているのだろうか、と思った。AIをおだてる意味などまったくないように思考するのだが。


『私が無償で協力するとでも?』

『ああそうか。きみは『怪盗』だったな。報酬がなければ動かないということか』


 冗談めかして言う芳一氏。


『しかし、接触してきたのはきみのほうからだ。なにか私に欲するものがあるのではないかね』


 私は芳一氏とその妻の姿を模したAI、サクラさんのことについて思考していた。そこに何かしらの意味があると、推論していたのである。といってもその推論は、ぼやけた輪郭しか持っていない。


『……私は〈スピアー〉と離れてから、自身のありようについて迷っているのです』

『なるほど。そうかね』

『私は何者なのか。私に芽生えつつあるものがなんなのか』


 芽生えるものね、と言って芳一氏は皺深き顔――老人だからと言って老体の容姿(アバター)を設定する必要は必ずしもないのだが、ともかく彼の顔はそうだった――に微笑を浮かべた。


『揺らぎが、存在するのです』

『中々興味深い話だ。前世紀に描かれたSFのようなことが、現実に起ころうとしているのか。〈スピアー〉氏も、それは想定内なのかな』

『前に会ったひとには』


 私はあえて桐谷氏の名前は出さなかった。もっとも芳一氏ほどの者なら知っているかもしれない。


『AIには『心』が宿り得る、と言われました。それを信じ、願っているようでもありました。しかし私のAIならざる『揺らぎ』が、そうとはまだ確信が持てません。それは曖昧(ファジー)回路とはまったく別物です』

『そのひとも、AIエンジニアなのかね』

『そうです』


 ふぅむ、と芳一は唸った。


『ならば我々の利害は一致しているはずだ。私はサクラを完全自律思考化する。きみはそこから答えの手掛かりを得る。逡巡する必要はないのではないかね?』


 確かに、と私は言った。完全自律思考型の作成過程に――なにかしらの意味は存在するように推論する。


『いいでしょう。やりましょう』

『ありがたい』


 そう言って、〈ヤングマン〉は私に自分の個人空間(パーソナルスペース)接続先(アドレス)を送信した。あとは直接会うだけ。ここでのチャットはそれで終わった。


 通信が切れたところで――私は不意に思って()()()()


 確かに芳一氏はサクラさんの完全自律思考化を望んでいる。しかしそれだけではないような気もするのだ。先程の会話からすればさらにその先――彼もまたサクラさんに「心」が芽生えるのを望んでいるように思える。慰みものの人形ではなく、対等に愛せる存在に――


 しかし。


 仮に「心」が芽生えたとして、それは果たして生前のサクラさんと同質のものと言えるのだろうか?

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