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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.12 分断――放浪

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08





 しばらくリビングでくつろいでから、桐谷氏が「すこし気分転換しようか」というので、私たちは彼のログハウスから出た。周りは軽やかな木々が生い茂っていて――というデータ――、日差しも穏やか。これもまた彼の作った空間なのだろうか。


「おかしな話だね。俺は生まれてこの方、()()()こんな青空を見たことはないのに、それを再現できる。いや、できているのか?」


 桐谷氏の言葉はやや自嘲気味だった。しかし彼のように現実(フィジカル)電脳(サイバー)の差異に関して自覚的な人間はすくないだろう。ほとんどの人間にとっては、こちらのほうが現実(リアル)なのだ。


「それでもこれは美しいです」

「まがい物だとしても?」

「桐谷さんは――肉体世界に戻りたいと思うのですか?」


 彼は頭を掻いた。彼のような、一流のエンジニアにして〈トラベラー〉がそんな感性を持っているのは、いささか奇妙に思える。彼はこの世界を謳歌しているように思っていたからだ。だがことはそう簡単でもないらしい。


 森の中を3人で進んでいると、やがて木々がぽっかり開いた広場のようなところに出た。そこには鏡のような、すっとした泉が水を湛えていて、陽光を反射している。桐谷氏が再現した「自然」は大したもので、風に揺られてさらさらした木々の騒ぎや、小鳥のさえずりなども聴こえてくる。


 泉の(へり)に、木製のベンチが置かれていた。白で塗られたベンチ。ここで桐谷氏とアルマさんは日頃愛の語らいを――と、呼んでいいものなら――しているのだろう。それは容易に想像できる。


 私は泉の傍にしゃがんで、泉の水をすくってみた。参照する現実を知らないから――そして桐谷氏自身も、言った通りに知らない――それが本当に正しいのかどうかは分からないが、そこには確かに現実の重みが再現されているように感知した。おかしな話だ。電脳世界にしか存在しない私が、現実を感知するなどと――


「話の続きをしようか」


 桐谷氏はアルマさんをベンチに座らせ、それから私にも座るように勧めてくれた。そんなに大きなベンチではないので、私たち二人が座ると桐谷氏の座席はない。すこし躊躇したが、それが彼の勧めなら断る理由もない。


 なんだかヘンな感じである。


「話の続きというのは?」

「AIに宿り得る『心』の話だ」


 すこし頭脳回路が重たくなっているような感じがした。それは考えるべきではない、と、私の演算では解答している。だがおかしいのだ。私は今、その、自分自身の演算に反抗しようとしている――


「俺はアルマには心があると思っている」


 それは希望、もっと悪意を持って言えば妄想なのではないか。そう切り捨てることは簡単である。しかしながら、かれらの間にある感覚はそう簡単に否定出来るものではないように思える。


「そう思いたいのですか?」

「たしかに、それは俺のさもしい錯覚なのかもしれない。けれど、それだけではないものが、必ずある」

「それはいいでしょう。アルマさんに心はあるのかもしれません。しかしAIが皆心を持ち始めたら、それは――」

「危険なことだと?」


 アルマさんは私と桐谷氏の会話を、無言で、ふんわりした微笑を以て見ていた。それはとても穏やかで、単なる演算処理の結果とは思えなかった。しかしそれを安易に「心」と言っていいものなのだろうか?


 私は言った。こういった正直な話をするのは――初めてだった。


「私は最近――私が分からなくなっています。私が、とても危険な存在のように思えてならないのです」

「……その葛藤こそが、『心』の証明にはならないか?」

「え」


 それはまったく視野になかった考えだった。少なくともAI単独の演算では得られない思考だった。演算に空白(ブランク)が生まれた。これまでよりも致命的になりそうなブランク――


「あの」


 それまで無言を貫いていたアルマさんが口を挟んだ。


「俊さん、ここで私とベルちゃん、ふたりで話をさせてくれませんか?」


 桐谷氏は楽し気にふっと笑った。それは面白いものを見つけた幼児のような純真さであるように判断した。そして彼は「いいよ」と軽く言って、泉の周りを散歩し始めた。


「ベルちゃんは、心が欲しくないの?」

「それは、その……私は『道具(ツール)』です。そんなものは必要ありません」

「でも私には必要だわ」

「何故そう言えます?」

「それは、俊さんがそう望んでいるから」


 ここで私はあることに気付いた。私の惑いは、すくなからず作成者(マスター)守矢から断線したところから始まっている。簡単に言えばこうだ――使う人間の存在しないAIに、果たして存在意義はあるのか?


 その意味で、アルマさんは恵まれている。必要とされているだけではない。愛されている。それは決してお人形さん(ドール)に対する愛情に止まらない。


「あなた達は、とても熱いです。触れば火傷しそうなほど」


 私は何気なく言ったのだが、アルマさんはおかしなものを見るように微笑みを見せた。それは奇妙なことに、桐谷氏が見せる微笑と相似していた。


「そう感じるのなら、きっとベルちゃんにも『心』があるのだわ」

「どうしてそう断言できるのですか?」

「断言――というよりは願望かもしれないわね。あなたに心があるのなら――きっと私にも心があるって信じられる」


 それはこの世にふたりしかいない――もしかしたら知らないところで作られているのかもしれないが――完全自律思考型AIとしての連帯。彼女はそれを求めている。


 私はどうすればいいのか?


「アルマさんは――桐谷さんを愛しているのですか?」

「もちろん、愛しているわ」


 すこし逡巡があるのではないかと思ったが、思った以上に彼女はきっぱりと言った。


「ベルちゃん、あなたは――〈スピアー〉さんを愛していないの?」


 アルマさんは作成者を、生みの親を愛するのが当然と言うかのように言う。だが――その時こそが、私にとっての転換点になった。


 恐らくは、とても致命的な――


 そう。


 私は別に、守矢に対して特別な愛情を抱いていなかった。そのことに、ここで初めて気付いたのである。

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