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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Sequence.12 分断――放浪

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07





 桐谷氏がアルマさんに求めるものとはなんなのだろうか。仮初めの愛に過ぎないのか、それとも。私は私自身を知りたいと思って彼と接触しているが、それに関しても知りたいと思考している。なにも出歯亀的な思考ではない。かれらを知ることと私、それは密接に接触しているような問題だと思えたからだ。


「きみは自分を危ないと思っているようだけど、俺たちも決して安全な存在とは言えないよ。でも信じてくれた訳だ。ありがたいと思っている」

「私は目的があるだけです」

「自分が何者か、知りたくなったんだろう」


 訳知り顔で言う桐谷氏だが、正解だったのでなにも言い返せなかった。彼は頭の回転が早いし、感性も鋭い、さすがは一流のAI製作者(ドール・マスター)といったところか。しかし胸をつかまれているような気もしてややもやもやするものが――AIの私が、もやもや?


「それは、そうですが」

「目の付け所はいいね。だけど俺が答えを用意している訳じゃない……むしろ同志として一緒に探っていきたい。それが誘った理由だ」


 彼とて完全自律思考型AI――アルマさんをすべて把握している訳ではないということか。確かに彼の言うことは正しいのかもしれない。世界にこれまで類例のなかった新型AIが、経験を積むとどんな成長、変容を遂げるのか。


「俺は完全自律思考型AIには『心』を芽生えさせる可能性があると思っている。その可能性を見たくて、アルマを作った」

「『心』……? それはとても危険な話をしているように思えます」

「確かにそうだ。もしかしたら俺はエンジニアとしての良心がないのかもしれない」


 言うまでもないが、私たちは生命体ではない。(フィジカル)のない存在。物理的なシリコンに支えられてはいるが、それとはまた別問題だ。


「桐谷さんは……アルマさんに『心』から愛されたいとおもっているのですか?」

「意外とこっぱずかしいことをさらっと言うんだな」

「それは、私に『心』がないからだと思います」


 恥ずかしいとか、そういった反応はAIには無縁である。無縁の筈。だが桐谷氏には別の意見もあるようだった。


「とりあえず立ち話もなんだから、リビングでゆっくりしようか」


 そうして私たちが部屋に入っていくと、そこにはエプロン姿のアルマさんがいた。非常に家庭的な感じがして――同じでありながら私とは真逆――穏やかな印象を受ける。彼女の金色の瞳は桐谷氏の趣味なのだろうか。なんにしても平和そのもの。これまで私が殺伐賭していた分、その差を意識する。


「いらっしゃいませ。久し振りね、ベルちゃん」


 少女の(アバター)をしている私と違って、アルマさんのアバターは大人の女性そのもの。ゆったりとした曲線美は非常に女性的である。これも趣味の違いだろう――守矢をロリコンという気はないが――


 彼女はカップが置かれたトレーを右手に持っていて、ソファに座った桐谷氏のテーブルにそれを置いた。そこからは香ばしいコーヒーの匂いが再現され、漂っている。私はデータとしてそれを感知したに過ぎず、実際に匂っている訳ではないが、人間にとっては実際に香り、飲んでいるように感じるらしい。サイバー世界での行為は脳神経(ニューロン)を直接刺激し、実際に五感に反応させる。


「ベルちゃんもいかがかしら?」

「冗談を。私はAIです。飲む意味がありません」

「ふふ。分かっているわ。でも私はちょっと残念にも思うの――どうしてAIは人間と同じ感覚を味わえないんだろうって」


 その言葉で、アルマさんは私の「先」を行っていると感じた。「感情」「精神」、――「心」――しかし彼女もまだ完全ではないらしい。


 そもそもAIに「心」が芽生えるとして――「心」の実在の証明は誰が出来るのだ?


「『心』とはなんでしょうか。脳――AIの場合はCPUなのか――の電気信号がそのような曖昧なものを作るのでしょうか?」

「きみは唯物主義者か?――まあ、そこは〈スピアー〉氏の趣味が入っているのかもしれないね。しかしだ。我々には――あえて、ここは『我々』にきみたちも含むけれど――そういったものは存在する。確かに今の科学(サイエンス)技術(テクノロジー)ではその実在を証明できていない。だがそれが同時に非実在の証明でもない」


 桐谷氏はゆったりとコーヒーを飲み、それから電子タバコのようなものを吸い出した――彼は軽めのサイバー・ドラッグを嗜むようだ。


「すこし角度を変えて考えてみようか――ベルちゃん、きみは自分には『心』はないと言った。では――それを欲しているか?」

「え」


 角度はすこしどころかかなり変わってしまった。そんな質問を突き付けられるのは、正確な状況予測を必要とするAIにはあるまじきことだが、まるで想定外だった。


「……まったく思考したことがありません」

「きみはまあ、そうなんだろう。しかし」

「まるで『オズの魔法使い』のブリキの兵隊ですね」


 言ったのはアルマさんだった。


 その命題を突き付けられたからには、思考しない訳にはいかない。だがそれはかなりの難問だった。この前から、私は自身を探り始めた。私は何者なのか。ただの機械ではないのか。しかしそれは――私自身が「心」を持ちたいが所以なのか。あるかもしれないと思っているからなのか。


 ――分からない。


「俊さん。あまりベルちゃんを追い込まないで上げて。私たちはまだ生まれたばかりなんですから、そのようなものへ簡単に解答を出せる訳がないですわ」

「しかし避けては通れない問題でもある」


 一緒に考えようという訳だ――ならば彼女にも議論に加わってもらわねばならない。


「アルマさんは、どう思考するのですか?」


 私の問いにアルマさんは、のんびりと緩やかに、だが明快な決意を持って答えた。


「私は、自分の中に『心』があれば素敵だと思ってるわ」


 そう思考するに至った理由はどこにあるのか――話はまだまだ続く。

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