05
AIは人間を「解析」は出来ても「理解」はできないのだろう、というのがキース・バートン氏との邂逅で得られた所感である。
彼は私に脳髄性交を求めているのではなかった。私にそういった機能がないのを知った上で近付き、性欲ではなく、ただ私とデートしただけでも満足したようだった。それは人間の恋愛感情は性欲と直結しているという――恐らくは守矢の――登録されているものとはいささか違った様相を見せていた。
「また会えるかな」
「私がCSAに消されなければ」
私は牽制のつもりで言ったのだが――バートン氏が通報する可能性は決して捨てるべきものではなかった――、彼は私が冗談を言ったのだと解釈した。
「そうならないように願っているよ。それにきみは決して負けないだろう」
その言葉だけ残し、バートン氏は私から去って行った。
彼はそれでよかったのだろうか?
しかし私は彼に関してはそれ以上考えないようにした。それは彼の問題であり、私の問題ではない。バートン氏は健全な男だったが―ーある意味では哀れである。それだけだ。
彼との邂逅によって、私の放浪にもすこしの目的が生まれた。具体的に言えば、私はこれまで会ってきた人物たちともう一度会ってみたいと思考するようになったのである。特に――もうひとつの完全自律思考型AI、アルマさんと、その主人である桐谷俊氏には会っておくべきだと判断した。今の私なら、かれらからまた別の新しい情報が引き出せるのではないかと――
「『情報』……? いや、私が求めているのはそういうものじゃなくて……」
私の中で虫が蠢いているようだった。それがなんとも気持ち悪く――しかしそれはもう避けられないことだと諦めてもいた。止められない。私の演算が予想もせぬバグ、ノイズが生まれるのは。おかしいのは、そうなればなるほど、逆に私の演算能力が上がっているように思えたことだ。
ともあれ、次の目的は見つかった。桐谷氏と会う。どうしたら再会できるかも分からないが――
――唐突な打刻。
「――ッ!」
久し振りに――というほどでもないかもしれないが――受けた痺れに、私はほんの少しだけ――そう、ほんのちょっとだけだ――戸惑い、それからすぐに思考が戦闘態勢に移った。敵だ。そしてそう認識すると、私は高揚すらしていた。
敵はポリスAIではなく人間。CSAのエージェントだろう。AIだけでは私の足取りは追えない。そこに機械の限界がある。こういった仕事は人間にしかできない。
簡単には逃げられない。ここで逃亡すれば追跡は激化するし、逃げ道も塞がれていく。となれば答えはひとつ。
「殺すしかないわね」
私に躊躇はない。AIの倫理はAI自身には決められず、製作者の意図に沿ったものにしかならない――だが私は守矢に責任転嫁はすまい。私は自身の意思で殺害を行う。なに、もう私は生娘ではない。慣れたものとまでは言わないが。
演算をすべて戦闘意志に変換し、そして私の出来得る限りの速度と精度で打刻を返す。検索。捕捉。じっとりとした探り合いはここでは行わない。私はどこまでも速攻を求めた。今の私の性能では防御優位にはなり得ない。
それは敵も同様だった。こちらの防御が脆弱であるのを分かっていて、すぐにウィルスデータを打ち込んでくる。内部増殖型のウィルス。それは私の中枢を冒すようにして食い込んでくるが、私の中にはもちろんワクチンが存在していて、それらを駆逐していく。
だが私はそこで一方的にやられているようなフリ、演技をした。敵の油断を誘うためだった。顔も見えないCSAのエージェントには気の毒だが、このまま騙されてもらう。
きっと彼――か、「彼女」か、どちらかは分からないが――は完全自律思考型AIに対する戦闘法など分からないだろう。他ならぬ私自身が分からないのだから当然。
ここには感情のない戦闘しかなかった。
私はやられたフリをしている裏で「Ec3」を起動させる。最初のピンで敵の位置は完全に捕らえている。申し訳ないが、この戦闘は最初から勝負は決まっていた。
私には誰も追いつけない。
「――お前ッ、はッ――!」
それまでは職業的に寡黙にしていたエージェントが呻いた。そしてそれは断末魔だった。
「あなたには全然怨みはないけれど、悪いけど私もまだ消えたくはないの」
「AIッ、風情がッ――」
私は念の為、もう一度「Ec3」を打ち込んだ。名も知らぬエージェントはそれで完全沈黙した。つまり死んだということである。
人間にとって「死ぬ」とはどういう感覚なのだろうか。それは体験した者にしか分からず――体験した者は死ぬため伝えることができない。なんという無常。しかし私たちも「消える」可能性はある。消えるとは――どういう感覚なのだろうか――それは――
「面白かったわ。じゃあね」
私は現実的思考に切り替え、次の居場所を探すようにした。




