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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Last Sequence ―妖精―

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132/134

06





 私が私である限り――完全自律思考型AIにして犯罪者である限り――彼との再戦は避けられないと確信していた。問題はそれが具体的にいつになるかだけだった。しかしこんなことになるとは私は予測していなかったし、彼も――〈レザー・エッジ〉も予測していなかっただろう。守矢ですら、そうかもしれない。


 どれほど聡明な人間でも、どれほど高性能なAIでも、その行く末をどこまでも見通せる者は以内という訳だ。その意味で私は「運命」という言葉を信じないし、なんなら忌み嫌ってすらいるのだ。


「この時をずっと待っていた」


〈レザー・エッジ〉――の正体、チャン・セキュリティ・エージェンシーのCEO、エイドリアン・ジョンソン=リーはそのイメージを裏切らない、冷たい低い声で言った。これ程の者が未だ現場仕事をしているとは、どうにもまだ飲み込めない事実なのだが、もしかしたら彼もまた戦闘狂なのかもしれない。


 音声通信はしているが、場所はお互い把握出来ていない。


「それは私と戦うことですか? 私を殺すことですか?」

「それはお前自身が考えるがいい」


 私は〈アヴァロン〉システム中枢の防御はクレムに任せ、自分自身は自由に動けるようにしている。〈レザー・エッジ〉を前にしては少々危険な戦術でもある。しかし私は彼を確実に仕留められるのは私以外にいないと推論していた。すくなくとも、私が防御に徹すればジリ貧になるのはさけられない。賭け(ギャンブル)をする必要がある。前面にはなお守矢がいるのを忘れてはならない。


 時間を掛ければ掛ける程こちらが不利になると考えねばならないだろう。戦闘が長引けばそれだけこちらのデータを向こうに提供することになる。おそらくは人類最強の戦闘技術者(バトル・エンジニア)がふたり、ここに揃っている。それだけの警戒はしてもまだ足りないくらいだ。


 しかし向こうは――すくなくとも〈レザー・エッジ〉だけは――むしろ積極的な攻撃を望んだ。連続した、高精度な打刻(ピン)がやって来る。私を丸裸にするような、なんともいやらしい、しかし同時に冷酷な――私はその攻撃的な態勢に好感を持った。気に入った、と言ってもいい。こういった態度はこちらの魂――魂?――を滾らせる。


 彼の戦闘態度は前とは明らかに違っていた。守矢との役割分担、ということもあるのだろうが、あの時の慎重だった彼とは別人と捉えたほうがいい。と言うよりはこれが彼の本性なのだろう。


「確実に捉える」

「まだ足りないわ――妖精を捉えるには!」


 私は自分に羽根が生えているような錯覚を感じた。そしてその羽根から、鱗粉のようにダミーデータを展開する。物量は十分。継戦能力自体は保障されている。だがそれは向こうも同じ。となれば純粋に戦術と判断の問題になってくる。


 切り札はお互い場に伏せていた。先に切った方が不利になると分かっていたのだ。だが矛盾するようだが、そこで大胆に切る覚悟も持たないと勝利の女神は決して微笑まない。ゆえに私と〈レザー・エッジ〉の間には奇妙な均衡が生まれていたのである。


 認めざるを得ない――追い込まれているのは私のほうだ。繰り返しになるが、敵は〈レザー・エッジ〉だけでなく守矢もいる。彼は今のところエレンディラが抑えているが、どこで積極的な攻撃に転じるか分からない。いや、間違いなくそれを狙っている。ゆえに私は各個撃破――迅速な〈レザー・エッジ〉の排除を求めねばならなかった。


「焦れているか? 電子の妖精(サイバー・フェアリィ)

「AIに言葉で揺さぶるなど、とても愚かだわ――CSAの剃刀(レザー・エッジ)

「しかしお前にはすでに感情が芽生えている」

「私はAIであるがゆえにそれを制御できる」


 揺さぶられないのは彼のほうもだった、決して動じた気配はない――彼もまたAIであるかのように。あるいはAIよりもAIらしいのではないか?


 その彼は、きっとこちらが仕掛けるのを待っているのだろう。乗せられないように気を付けなければならない――だがしかし、先に仕掛けなくてはいけないのも事実。問題はどこに彼の隙を見出すかだ。


「AIの可能性を見せてあげる」

「私はそれを徹底的に潰さねばならない」


 均衡、膠着、停滞――だがそれは一瞬で崩れるだろう。私は最初の一撃で奴を仕留める。そうでなければこちらがやられる。


 私は鋭利に打刻(ピン)を放った。そしてそれを鯨に打った銛のように離さない。


〈ピクシーレイド1〉、起動開始。それと同時に演算能力を限界にまで上げる。〈アヴァロン〉の中枢(コア)は多大な熱量を発し、悲鳴をあげているが、構うものか。


「仕留める!」


 私はその時、全てのリソースを攻撃に注ぎ込んだ。ダミーデータも、さながら人間爆弾のごとく〈レザー・エッジ〉に叩き込む。速度と物量――私はここに自分のすべてを掛けた。


〈レザー・エッジ〉の瞳が一瞬だけ見えた。そして一瞬だけ、それは驚愕に見開いていた。


「なんだと」


 実際には紙一重だった。私はその直前、彼が攻撃プログラムを作動していたのを感知していた。これでこちらがミスをしていれば、やられていたのは私のほうだったろう。かれの「なんだと」という呻きは、こちらの戦術を予測していなかったのではなく、単純に、私の速度が彼を上回ったことに対してだった。


「これが……AIの描く未来か!」


 それが〈レザー・エッジ〉の最期の声になった。電脳戦は無慈悲なものである――命を奪われるのは一瞬であり、捨て台詞を吐くことも難しい。実際、彼の生命反応はすぐに停止した。ここまで上り詰めた男の最期にしてはひどくあっけないものだった……


「さようなら」


 別に彼に対して憎しみはなかった。そもそも私は憎しみを持てない存在なのかもしれない。だが敵は徹底的に潰す。そこに迷いはない。


 そして私はすぐに振り返り、最後の敵を捉えに掛かった。

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