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サイバー・フェアリィ:反逆のAI  作者: 塩屋去来
Last Sequence ―妖精―

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04





 私はこの冷たい会談をどうして見ているのだろう、と思わないでもなかった。表面上は友好的では言えないまでも、フラットな会話をしているように思える。しかし机の下にはお互い短剣を忍ばせ、その足を置く床は凍り付いている。なによりも彼らを冷酷だと感じるのは、彼らがそれを当然のものとして捉えているところにこそあった。


 ジョンソン=リー氏は言うまでも冷酷無比なひとである。しかし守矢晋作もまた、まったく別ベクトルでの冷酷さを見せている。そしてどちらがより冷たく、危険なのかと問われれば――私は守矢に軍配を上げる。CSAのトップはある意味で分かり易い。ある程度はトップに立つ上で意識的に作っている人格なのだろうが、それゆえに想像通りでもある。しかし守矢の冷酷さはそう簡単には悟らせないからこそ、一種無気味なところがある。捉えどころがないのだ。にも拘らず邪悪なことだけは分かる。


 彼の下にいた時はそんな彼の本質にはまるで気付かなかった。それは私にはまだ十分な感情を発達させていなかったからでもあるが――「感性(センス)」は、すくなからず「感情」に関連するところがある、それは今になって分かること――。


 こういった喩えが許されるならば、ジョンソン=リー氏は毒蛇であり、守矢は鴉だった。どちらも狡猾であるのは変わりあるまい。そんなふたりがここに来て、一時的にせよ手を組むとは――しかも狙われているのは私である。


 それゆえ私は彼らを慎重に注視していた。臆病とも言える反応があったのも否定はしない。


「お前は彼女の監視を続けているのだろう。そしてお前も彼女に監視されている」

「まあ、それなりに愛しい娘ですからね」


 どこまで本気なのか、守矢はそんなことを言った。完全な嘘、と切り捨てるのも難しかった。彼はいつでもその本心を探りにくい諧謔(ジョーク)の中に、いくらかの真実を混ぜ込むのを好んでいるからだ。実際、それなりの愛着はあるのだろうと思う。彼は私を自分の最高傑作だと言ったことすらある。そして私もそれなりに――彼に作られた自尊心を持っていなくもないのだ。


「それなりに、か」

「まぁ、それなりに、です」

「お前は何故完全自律思考型AIなどを作成したのだ? その危険性は組織時代に散々講義してやっただろう」

「だからこそですよ、と言ったらあなたは怒りますか?」

「怒りはしない。呆れているだけだ。思えばお前には最初からそんな天邪鬼なところがあった。私を弄んでいるところすらあった。私が殺せといった標的を生き延びさせたこともあれば、殺害まではしなくてもいいといった標的を躊躇いもせずに殺したこともあった。正直に言おう。私はお前のことをまったく理解できなかったし、そして今でもそうだ」

「お褒めいただき光栄です」

「そういうところだ、守矢」


 興味深いのは、ジョンソン=リー氏はそこまで言いながらも守矢を決して嫌ってはいなさそうだということだった。むしろ高く買っているとすら言える。CSA時代はともかく、ハッカーとなった守矢は彼にとって明確な敵に間違いない筈なのだが。この辺りにはまだ幼児的な「心」しか持ち合わせていない私には理解できないところがある。あるいは私が「女」だからなのか。この不可解さには前にも遭遇したことがある。そう、守矢とジェフの関係だ。とすれば、守矢にはその忌まわしき鵺のような性格にも拘わらず、あるいはだからこそと言うべきなのか、ある種の人間を引き付ける人徳があるのかもしれない


「……まあいいだろう。私はもうすこし実際的な話がしたい」

「その点についてはすでに一致しているのではないのでしょうか? ぼくも――ベルがあそこまで行ってしまえば、もはや排除するより他にないと思っています」


 愛しい娘、と言った傍からあっけらかんとそこまで続ける彼の冷たさこそが恐ろしい。そしてその軽薄な冷酷さは――私もまた、受け継いでいる。私は鏡を見ているようだった――こちらのほうも、生みの親としての愛着は持ちつつも、今や彼を殺すことに躊躇はない。それはエゴイズム、と言うべきものなのだろうか。


「協力するのか?」

「今のベルはかつてない力を保有しています。ぼくひとりで対処できるような存在じゃないのは分かっていますよ。そしてあなた方にとっても」


 そこで初めて、ジョンソン=リー氏はその能面とも言える顔に初めてかすかな感情の色を見せた。それは不敵な笑みだった。ひとの心を温かくさせる類の笑みでは決してない。しかしそれでもAI以上に非人間的にすら見えた彼の、初めての感情の発露だった。そして守矢はそれ以上に無気味な微笑を見せる。こちらはなんらかの感情があることを確信させながら、同時に周到にそれを隠している恐ろしさがあったのである。


 さて、この時当の私自身はどういった顔をしていたのだろう? どういった感情を持っていたのだろう? それは中々自分では分かり得ないもの。マリエッタが傍にいれば、それを教えてくれたかもしれない――だがもう彼女はおらず、いない事実を再確認すると、却って彼女の存在を意識するのだった。私の中にいる、彼女――


「しかし、社長業にかまけて腕はなまっていませんよね、〈レザー・エッジ〉」

「問題ない。私はなお現役だ」


 え、と私は思わず声を漏らした。あの最強の対犯罪者(ハッカー)エージェント、〈レザー・エッジ〉の正体が、まさかエイドリアン・ジョンソン=リー氏だと?


 だが驚愕の事実はそれだけではなかった。


「だが今の〈レザー・エッジ〉は完全ではない。名前を共有していた守矢――お前がいればこそ十全な力を発揮できる」


〈レザー・エッジ〉はかつてジョンソン=リー氏と守矢の共有ハンドル・ネームだったのだ! 守矢がCSA時代、かなり重用されていただろうというのはその能力から容易に想像出来た。しかしそこまでとは。そしてジョンソン=リー氏が守矢のことを、尊敬というレベルにまで買っているのも分かる。そういうことなのだ。


「ぼくはもう二度と〈レザー・エッジ〉を名乗る気はありませんよ」

「そうだな。お前はそういう男だ――だがここも正直に言おう。私は再びお前と共闘できるのを喜んでいる」

「でもこれが終われば、また敵同士ですよ」

「それゆえにこそだ」


 私は――初めての感情、「恐怖」を覚えた。そんな存在が今から私を襲って来る――あまりに恐ろしかったので、私はそこで傍受を中止した。


「しかし――私は彼らと戦わねばならない」


 自由を得るためにそれはもう避けられない。それを運命というのなら――神など信じていないが、もし実在するのであれば、きっとこの世界をおぞましいほどに皮肉気に造ったのだろうと、そう思った。

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