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「はしゃいじゃダメよ」
と言いながらも、私自身こういった華やかな場所は初めてだから、すこし浮足立っているところはある。
アーカム・オーバル・リゾート。
贅を尽くした、という形容が最もよくあてはまる、華麗で、それゆえに人間の欲望が渦巻く堕落の楽園。そこではあぶく銭を稼ごうとする者と、あぶく銭を溶かそうとするもののせめぎ合いが行われている。
だが私は確実に勝たねばならない。すくなくとも、運を天に任せるためにここにいるのではない。そういう感覚は機械たる私には最も無縁のものだ。
ここに来る者は誰もが着飾っている。セレブか、セレブぶりたいひとか、その差を見極めるのは難しいが、なんにせよ、皆「大人の遊び」を嗜んでいるという姿勢は崩さない。それを見ているとなんだか目がくらくらする。
「ベルもそういった感覚はあるんだ」
それを素直にマリエッタに言うと、彼女はそう返した。
「……そうね。AIなのにおかしなことね」
「んー、やっぱり、ベルはあんまりAIっぽく思えないんだよね」
子供の素直な意見というのは、時に辛辣なものでもある。ここに至り、私は自分が「AIらしさ」を失いつつあるのを認めざるを得なくなった。それが人間的か、というとそれは違うのだろうが。
さて、ここでは色々なギャンブルが行われている。カジノスペースではスロット、カード、ルーレットなど基本的な遊戯が用意されていた。ディーラーはすべてAIである。胴元はそうやって束の間の、泡沫の夢を民衆に提供する。
古来より賭博が廃れないのは、儲かるからではなく、楽して儲かるかも、という心理が働いているからだ。結果懐にどれだけ残るのかは、じつは重要ではない。ギャンブルで財を成すのはいつだって胴元である。それでもギャンブルに手を染める者は夢を見る。そこに浸っている間は現実を忘れられる――遊戯とは所詮そんなものだ。
私はその「裏」を取ろうとしている。別にギャンブルの欺瞞性を暴こうとしている訳ではない。むしろその欺瞞性は確固として残ってもらわねばならない。それゆえにこそ私が上前を撥ねる可能性が出てくる。
その、数あるギャンブルの中で私が目を付けたのは、競馬だった。
AEは「ワンダフル・レーシング」と題して毎週末にレースを行っている。もちろん、実際の肉ある馬が走っている訳ではない――というより、種としての馬は現実では既に絶滅している。だが数世紀にわたって紡がれた競馬のロマンは、今なおここに息づいている。
走るのは「データ競走馬」である。そのなかでは血統などが疑似再現され、ドラマを与えられ、それに人々は熱狂する。競走馬の能力、調子、適性なども細かく設定されていて、競馬場の馬場も色々と変化していく。アーカム・エンターテインメントらしい、巨大なゲームとしてそれは稼働している。その中で、人々は「データ競走馬」にアイドルを見出す――それを愚かだと断じることは誰にもできない。
しかしながら、結局それはデータに過ぎない。ということは、裏でAEは確実に確率操作していると言える。それを知らないで賭けている者は――そんなに多くはないだろう。にもかかわらず賭けるのは、自分だけは相手を出し抜けるという奢り、自分には思い通りの結果が付いてくるに違いない、という信心ゆえ。賭博という文化が成り立つのは、結局のところそういった人間の都合の良いエゴが存在するからである。それは胴元も賭ける者も変わらない。
「ベルの話を聞いていると、全然夢ない」
「そうよ。ここにあるのは儚い夢なの。それでも人間の幸福には必要なものでもあるのだわ」
「でも、ベルは『勝つ』んでしょう?」
「それは、もちろん」
私が挑む勝負は賭博というフィールドではなく、胴元の裏を抜く直接的な対決である。つまりイカサマ。つまりデータ操作。私は一回もやったことはないが、能力的には問題ないと判断している。
「でもそれであたしがいる必要ないと思うんだけど」
「操作する私とは別に、実際に賭けるひとが必要なの。それがあなた」
「うーん。ちょっとむつかしい」
「大丈夫、マリエッタは私の言う通りにしてくれればいいだけだから」
馬券には色々な種類がある。1着馬を当てる単勝。3着までを当てる複勝。それ以外にも連勝複式、連勝単式などがあり、基本的には3着までの入線で争われる。むろん正確な着順を当てるほうが配当が大きい。
私が目を付けたのは、その中でもちょっと特殊な馬券である。
それは「ジャックポット・ウィン」と呼ばれるものだ。
通常の馬券は1レース単位で争わられ、支払われる。しかしこの「ジャックポット・ウィン」はその日の主要5レースの1着馬をすべて当てるというものだ。もうひとつ特徴的なものとして、当選者がいない場合はその掛け金がキャリーオーバーされるというものである。そしてこの日、そのキャリーオーバーは発生していた。
「夢を見る日には、いい日さ」
もしこの日、的中票数が1票であれば、約3000万WEBドルにもなるはずだった。そういった夢をちらつかせ、AEはまたマネーを稼ぐ。一個人が持つには目が眩むほどの大金――しかしギャンブラーは金そのものではなく、金をちょろまかせるかも、という射幸心にこそ酔うのである。
だが私はギャンブラーではない。これはごく個人的な仕事だ。それゆえ成功は確実でないといけない。
「だいじょぶなの、ベル」
「私は上手くやるわ」
そして、ここからどこにも観客のいない私のショータイムが始まる。




