394.酒の肴
宮廷魔術師マドカ・セルオーニは、利益なしで動かない。
今の第四位であるオルフェもかつて参戦していた海賊国家フランダラスクとスターレイ王国の戦争……その戦況をスターレイ王国側に傾けた彼女は南部では英雄視されている。
だが、首都でのマドカの評判は真逆。
何故ならマドカは、南部の情勢をひっくり返すのと引き換えに、
「あんたら王族の私への命令権を破棄すること。宮廷魔術師の権限だけは寄越しな。その条件が吞めるなら助けてやってもいい」
自分の国を脅迫した。
宮廷魔術師はその名の通り、王に仕えるために集められた有能な魔術師達。
王城敷地内の自由移動、禁止特区への立入権や個人に与えられる研究予算など、様々な特権が与えられるのと同時に王族に従う義務があるのだが、マドカはその特権だけを要求した。
第一位はとある任務で不在、第二位のヘルメスは中央から動けない(当時メレフィニスが入学することが決まっていたのでなおさら)。
第五域の化け物達に及ばないまでも、その次点にまで昇り詰めていた彼女は、自分以外に南部の戦況をひっくり返せないことを理解していた。
彼女は恐れ知らずなのではない。ただ交渉するタイミングを逃さなかっただけ。
そして宣言通り、互角で消耗し続けるだけだった南部の戦況をひっくり返して黙らせたのである。
「あなたはどう見ているの?」
「おっと、真面目な話か第二王女。てっきり、ベッドへのお誘いかと思ったよ」
用意された客室だというのに、マドカは遠慮の欠片もなくワインの瓶を数本並べる。
訪れたメレフィニスの前にもグラスを置いて、乾杯すらせずにマドカはぐいっと一気にワインを飲み干す。
およそ、貴族の味わい方とは離れた豪快な飲み方だった。グラスよりも、樽ジョッキが似合うような。
「はっー! 流石は公爵家、高いワインは染みるようなおいしさだ。いや、正確には他人の金で飲むワインが美味なんだがね」
「質問に答える気がないなら戻るとするわ」
メレフィニスは呆れるように立ち上がる。
「カナタという少年のほうは生きている」
「……」
「正直、公女のほうはわからないな」
メレフィニスは座りなおし、マドカはおかわりを自分のグラスに注ぐ。
「ちゃんと話せるのなら、最初からそうしてもらいたいものね」
「南部流の距離の縮め方さ。冗談を冗談と受け取れるくらいの余裕は持つといいぞ第二王女」
「ルミナのほうがわからないというのは?」
マドカは二杯目のグラスをぐるぐると回しながら上を向いた。
「聞いた話に嘘がないのなら、突然出現した竜の目的は間違いなく君ら愛しのカナタ少年だ。カナタ少年が生きていると断言できるのは、空間を割って現れるような存在がわざわざカナタ少年を捕縛して連れ去ったから。竜が知性生物だからこそ、生かして連れ去ったことには意味がある……」
「ええ、その点は私も同じ意見だわ」
「けど公女に言及した証言がない以上、公女は巻き添えの可能性が高い。正直言って、生かす理由にこちら側から理屈をつけられない。フランダラスクの連中なら、レイプしてからとっくに海の藻屑にしてるだろうさ」
それを聞いてメレフィニスが唇を噛んだのは、マドカの意見が否定できないから。
証言から、竜はカナタに興味を示してはいるようだが、ルミナへの言及はない。
マドカと自分の意見が同じであったがゆえに、メレフィニスの不安を大きくなる。
他人に意見を求めたのは、この不安を少しでも紛らわせるような自分とは違う視点が欲しかったから。
自分とマドカの意見が合致してしまえば、それは逆に不安を確固たるものにしてしまう。
「……意外だな」
「なにがかしら?」
「君にとっては、公女は死んでいたほうが都合いいんじゃないのかい。第一夫人が死んでいれば、第二夫人の君が地位もカナタ少年を独占できる」
……瞬間、メレフィニスの瞳孔が開く。
魔力が殺意を孕んでいるかのような、どす黒い魔力がメレフィニスから噴き出した。
「言動に、気を付けることをおすすめするわ宮廷魔術師。あなたは冗談が好きなようだけど、宮廷魔術師が自殺志願だなんて、笑いたくても笑えなくなってしまうでしょう?」
「流石の私も身震いしたぞ第二王女。ヘルメスとタイマンした化け物だけはある」
メレフィニスの魔力にあてられながら、今度は味わうようにグラスを呷るマドカ。
怒りを鎮めるように深呼吸をして、メレフィニスは自分を落ち着けた。
「悪かった」
「はい?」
「今のは、たちが悪かった。すまない。前に見た時とあまりにイメージが違ったんでね……少し、確かめたかったんだよ。許してもらいたい」
言いながら、マドカは頭を下げる。
こう謝られては、いつまでも怒りを持ち続けるわけにもいかない。
「私達への助力に免じて、許してあげるわ」
「ありがたい……だが本当に、変わったな第二王女。前は、人間にもこの国にも、何の期待も持ってないような目をしていたのに」
マドカに見つめられて、メレフィニスは目をそらす。
今の自分の目を見られるのがどこか癪だった。
「けどね、生きている保証がないっていうのは本気の話さ。死体があるかどうかもわからない。カナタ少年でさえ、用が終わったら始末されている可能性もある。私達がやろうとしてんのは、救助じゃなくて骨拾い……しかも魔界でそれをやろうってんだから酔狂さ」
「酔うのは得意だと思っていたわ」
「酔うのは得意だが、狂うのはなぁ……」
トラウリヒのさらに東。境界線の向こう側……魔界。
そこに何があるのか詳細はわかっていない。魔物はただトラウリヒを襲うだけでなく、人間と衝突せずにスターレイ王国まで抜けて来るケースも多い。
スターレイ王国に現れる魔物の数はトラウリヒに比べれば遥かに少ないものの、素材にした魔道具が店に並ぶくらいには数もいる。騎士団の任務に魔物討伐があるのは決して珍しいことではない。
それほど魔物が多く生まれているであろう場所に、しかも空間を割って現れるような竜からたった二人を救出するために乗り込もうというのだから、正気とは言い難い。
「あの場じゃあ言わなかったけどね、魔界じゃなくてその竜が割った空間の誰も行けない場所に閉じ込められてるって可能性もある。いくら私がいても期待はしないほうがいい」
「それでも行くのは、あなたにも目的があるからでしょう?」
「ああ、そうさね。悪いが、カナタ少年と公女のために命を懸けるほど捜索する気はないさ。あくまで私の目的の過程で、二人をついでに捜索してやるだけさ」
マドカが三杯目を注ごうとすると、ワイングラスの向こう側で青藍色の髪が揺れる。
メレフィニスが、頭を下げていた。
「それで構わないわ。二人を、お願いします」
「――」
驚きを隠せなかったのか、マドカは固まってしまう。
グラスになみなみとワインが注がれて、少しだけ溢れたワインがテーブルに零れた。
「俄然、カナタ少年が気になってきたな……何があればこの女がこうなるのやら……」
「?」
「いや、いいさ……。君は来ないんだろう?」
メレフィニスは頷く。
「ええ、ラティーヌの件は私が直接動くしかなかったけど、いつまでもカレジャス領を放ってはおけないわ。二人が心配ではあるけれど、それを理由に領地を任されている私が責務を放棄するわけにはいかないもの」
「まったく……継承権はとっくになくなったってのに、今が一番王女っぽいってのは皮肉だねぇ」
変わったメレフィニスを酒の肴に、マドカの酒が進んでいく。
その頃、カナタ達はというと――。




