393.未開の地へ
ベルナーズ家とアニムス家による事件を終えて、公爵領はようやく本題に入ることができた。
トラウリヒの首都で謎の生物に誘拐されたカナタとルミナの救出作戦。
公爵家が王族と連携を取っているのも広まり、政治的にも武力的にも邪魔をする連中がいなくなってようやくトラウリヒとも連携が取れるようになる。
ラジェストラや、カレジャス領の面々からすればここからが本番とも言えよう。
「トラウリヒの報告にある竜ってのは知っての通り、スターレイ王国のシンボルにもなっていて、この国では想像上の生物ということになっている」
宮廷魔術師第三位マドカ・セルオーニは壁に貼られた紙に竜の絵を描く。
前衛的な絵柄をしていて、子供の落書きといい勝負をするに違いない。
四本足を持つミミズのような絵を見て、この場にいるほとんどの者が戦慄する
「ねえルイ、あれ何の絵かわかる?」
「何言ってるんですかメレフィニス様。竜の話をしているんですから、あれは竜が食べる餌ですよきっと」
「私の芸術に文句があるならかかってくるといい。どこからどう見ても竜じゃないの」
「どこをどう見たら……?」
自分が描いた絵を竜と言い張るマドカに、全員何も言えなくなっていく。
同席しているラジェストラもエメトも、何とかマドカの絵を竜と思い込んだ。
どうやらマドカの様子を見るに、場を和ませるギャグでもないようである。
「この国では想像上の生き物とされてる竜だが、今回ことが起きたトラウリヒでは想像上の生き物ではなく古代種という扱いになっているのさ。バルムンクなんていう竜に使う違法魔道具ものがあるくらいにはな……そうだろう第二王女?」
「む……意地の悪い女ね……」
自然と視線が集まって、ばつが悪そうにするメレフィニス。
数年前にトラウリヒの違法魔道具を使って国家転覆を計った張本人なので、視線が集まるのも仕方ない。
話題に出たバルムンクも、ヘルメスを無力化するために使ってしまっている。
「古代種か……」
信じ難い、と言いたげにラジェストラは呟く。
「他にも、シャーメリアンでは古代種の森人の伝承が有名であり、敵国であるフランダラスクでは人魚の伝承が残り続けている。私の祖先がいた葦原国でも同様の伝承があると聞く」
「はいはーい」
竜同様、森人? と人魚? の絵を描くマドカの耳に緊張感の欠片もない声が届く。
手を挙げていたのは、エメトの後ろで話を聞いていたジェニーだった。
「古代種って何なのかしら?」
「ああ、そうか……ごろつき共がそんな教養を持つわけなかったな」
「そうよ、知っている前提で話を進めちゃうんだもの」
頬を膨らませるジェニーと腕を組むマドカを見て、エメトは冷や汗を流す。
とはいえ、ジェニーは貴族の相手は慣れているのでこの態度はわざとだろう。
女情報屋として、甘え方と線引きは間違えない。事実、マドカは盲点だったとジェニーの問いに答えていた。
「古代種とは、かつて生きていたとされる知性種族のことを指す。我々人間のように文明と文化を持ち、社会を形成していたと考えられて……そうだな、今で言う獣人のような者達が他にも多くいたと考えたらいい」
「あの耳とか角とか可愛い人達ですわね?」
「そうだ。古代種の中で存在が確定していたのは独自の魔術形態を築いていたことが記録に残っている森人のみだったけど……今回、カナタ・カレジャスとルミナ・ヴィサス・アンドレイスの失踪によって竜の存在が明らかになった」
マドカは自分の描いた竜の絵を指差すと、エメトはタバコをおもむろに咥えた。
自分を落ち着かせるために咥えただけで火は点けようとすらしていない。
「その、マドカ様は俺達の話とか信じてくれた、ってことでいいんすか?」
「信じたというのは流石に私が善人に見え過ぎる言い回しだな。気に食わんから訂正する。私は確かに君達の主人に興味を持ってはいるが、それを理由に救出作戦に参加するほどお人好しではない」
マドカはそう言うと、メレフィニスのほうに視線を送る。
「私が今回協力したのはそこの第二王女が助力を求めたヘルメスからの要請だよ。手紙を送ったんだろう? 公爵家の名前付きで」
「ああ、事前に俺とメレフィニス殿の連名で手紙を送っていた」
「私もごろつき達から話を聞いた後、国への報告とは別でヘルメスに連絡しておいたのさ。でなきゃここまで早くは動いていない」
メレフィニスがため息をつく。
「……やはりヘルメスは動けないのね」
「拗ねるな第二王女、あれはスターレイの抑止力だ。私を送り込んでいるだけ頑張っていると考えてやれ」
スターレイは今ケネスのクーデターの一件もあって、城の防御を担っていた八位のエフスラはまだ力を取り戻せていない。
いくら貴重な第四域の魔術師が失踪したと言っても、万が一を考えるとこの状態で第五域のヘルメスを国外に派遣する度胸と余裕はないのだろう。
しかし、突如現れた竜という謎の存在の情報は得たい。
そんな妥協点として第四域の宮廷魔術師を派遣することにしたのかもしれない。
「まぁ、私も理由はそれだけじゃないが……今はいい」
「……?」
「今回の救出作戦において考えなきゃいけないのは、こやつらのことだ」
マドカはもう一度、壁に貼った紙を叩く。
竜、森人、人魚の絵が独特な絵柄で描かれるその紙に再び注目が集まった。
「マドカ殿。愚問だとは思うが、竜だけではなく、他の古代種もあえて挙げているということは……その可能性を考えていると思ってよいか?」
「当然だとも公爵……竜が現れたのだとすれば、他の古代種をいないと仮定するのは楽観的だというのが私の意見だ。いないならいないで笑い話にして酒の肴にすればいいさ」
「いや、俺も同じ意見だ」
ラジェストラは複雑な表情をしながらも、マドカの意見に頷く。
自分達は嘘のような報告であっても、それらを信じるしかない。
カナタ達がいると思われるのはトラウリヒの国土の向こう側……完全なる未知。
生きていると信じて救出に動くのならば、本の中でしか記されない存在も現実と仮定しなければ。
「改めて私の推測を語ろう諸君。各地に残る古代種の伝承、記録されている森人の存在に、カナタ・カレジャス達を攫った竜の出現……トラウリヒの境界の向こうは最悪、魔物だけではなく古代種の生存圏の可能性がある。そうでなくとも最低限、竜の棲み処と仮定すべきなのは妥当だろう?」
傍から聞けば、有り得ないと断定されそうな推測。
しかし可能性の話ですら、そんな馬鹿な、という声はあがらなかった。
それを確認したマドカは、指を三本立てる。
「だからこれだけは、問うよ。異種族の手にかかった彼等の凄惨な死体を見る覚悟、自分も同じ末路を辿る覚悟、そして死体すら見つからない徒労になることを覚悟できた者とだけ、私は同行しようじゃないか。私が命を懸ける理由はない分、あんたらの誰かはちゃんと命を懸けな」
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