391.王の影
「うぼぇ……」
メレフィニスの魔術に呑み込まれたラティーヌは、黒い魔力を吐きながらどこかへ投げ出された。
湿った土に枯れかけた花の匂いが漂い……そして咳き込みながら周囲を見ると、数えきれないほどの墓石が倒されて、骨が散らばっているのが見えた。
墓地というには管理されている様子もない。誰も来なくなって放棄された墓地か。
「助かっ……たの……?」
何故自分が助かったのか、ラティーヌにはわからない。
メレフィニス自身が自分の仮想領域を把握していないのか、闇の先に作られた仮想領域がこの場所なのか。
しかし、メレフィニスの仮想領域にしては景色が合わない。
一体ここがどこなのか思案していると、
「人が崖の下に落ちれば、死ぬ」
「!!」
背後から聞こえる声にラティーヌは飛び退くように振り返った。
「きゃあああああああ!?」
「であれば、崖の下は簡易的な墓場といえよう。そう思わないか愚かな魔術師よ」
そこにいた人物の様相に、ラティーヌは悲鳴を上げた。
喋っていた人物は、骸骨、だった。
黒いロングコートを羽織って墓石に座り、かちゃかちゃと骨がぶつかる小気味のいい音を立てながら何かの死体から肉を剥ぎ取っている。
そして低い声は間違いなく、その骸骨から発せられている。
骨だけで一体どうやって発声できているのかもわからない。
「もう少しで終わるから待っていたまえ。喚くのも構わないが、骨に響くのでほどほどにしたまえ。ヒステリックな女の前では私も紳士ではいられない」
「はぁ……! はぁ……! ここ、はどこ……?」
「ここは吾輩の仮想領域だ。あの淑女に気付かれぬよう回収するのは骨が折れた。おっと、今のは中々面白いジョークだとは思わないかね」
骸骨の声は聞いていると落ち着いて、老齢な紳士を連想させる。
寂れた墓場と動く骸骨。そんな場所に突然放り出されたにも関わらず、ラティーヌは落ち着きを取り戻していた。
無論、警戒を解いたわけではないので周囲を観察する。
「周囲を見ても出口などないぞ。愚かな魔術師」
「なに……を……」
「第四域から落ちて這い上がれぬ魔術師は大抵、第三域でくすぶっている連中と同じ勘違いをする。魔術を磨けばいずれ、とな。実に嘆かわしい。第四域とは、技術を磨いた結果、到達できるものではない」
「……!」
低い声と、理知的な言葉選びが自然とラティーヌに耳を傾けさせる。
そう、魔術師が第四域に花開く時は得てして、魔術の技術など気にしている時ではない。
魔術師自身が自らの解釈を突き詰めて、渇望した理想の果てに覚醒する。
技術を磨くのは決して悪いことではないが、第四域へのアプローチにはならない。
「まずは、礼を……言うべきなんでしょうね……」
「礼を? 吾輩に?」
「ええ、あのままでは……私は娘に……」
ラティーヌは一度落ち着いたからか、自分を本気で殺そうとしたメレフィニスを思い出す。
胸の中が煮えたぎるようになっているのは、自らの愛が憎に変わる瞬間。
湧きあがるようなどす黒い感情が、噛み砕くのではと言わんばかりに奥歯を噛ませた。
「礼など不要だ。今もこうしてそなたを待たせているしな……よし、終わった」
「何を、しているの……?」
「見ての通り、手駒を増やしているのだ」
ラティーヌは漂っていた腐臭に顔を顰めながら、骸骨の前を見る。
そこには綺麗な肉食獣の死体があった。元が何だったのかは骨格からではわからないが、大きさからして狼辺りだろうか。
「ひ……」
その骨が突然、起き上がって動き出す。
四本足で歩き、骸骨男の周囲を走り始めて、ラティーヌは腰を抜かすタイミングをなくしてしまった。
「こやつだけではないぞ」
「え……」
ラティーヌが周囲を見渡すと、散らばっていた骨がひとりでに集まって動きだす。
小動物や大型の獣、角が生えた草食獣や人間……様々な骨が骸骨男を中心にして集まってきていた。
「人形……遣い……なのかしら?」
「この時代ではそう呼ぶらしいな。だから興味がわいたのだよ」
「……?」
ラティーヌはこちらに向かってくる骨達の様子に違和感を抱く。
骸骨男に集まっているように見えて、顔の骨が全てこちらに向いているように見えた。
何故自分に?
そんな疑問を持つ前に、背後から肉食獣の骨がラティーヌに襲い掛かってくる。
「っ――!? あ……!? ぎやああ!?」
肉食獣の骨はラティーヌの頬に齧り付く。
捕食、ではない。骨である彼等に食事をする機能はない。
一体だけでなく、集まった骨が一斉にラティーヌに襲い掛かっていく。
大型の肉食獣は四本ある手足にそれぞれ群がり、その隙間を縫うように小型の獣が胴体の肉に噛み付いていく。
「ようやくそなたの番だ。一つ前の骨から肉を綺麗に剥ぐのに時間がかかってな……せっかく招待したのに待たせてしまった。順番だと思って許してくれたまえ」
「助けて――くれたのでは――!?」
「今の魔術師はずいぶんめでたいのだな……魔術師の仮想領域に入れられて、助けられたなどとよく思えるものだ。何、そなたを招待した理由は単純だ。吾輩に似た魔術を見るのは初めてでな、魔術師の骨で骨を操らせることは可能かという念願の実験をしたかったのだ。肉がついたままでは吾輩の手駒にできぬのでな、今は除去作業をやっておる」
「やめ――やべで!! 『血塗れにならない綺麗な手』!!」
ラティーヌは自らの魔術で骨を操作しようとするが、魔力糸を繋げても誰も止まらない。
魔術でも、体を捩っても変わらず、ラティーヌは生きたまま肉をかじり取られていく。
食われて命の糧になるでもなく、ただただ肉が邪魔という理由だけで。
「な――で!? どまら――!?」
「何故も何も必然であろう。同じ操作系魔術なら、格上に軍配が上がる」
「あ……だ……。何……もの……!」
「これは吾輩としたことが。名乗るのが遅くなった」
手足の肉を削がれ、腹を破かれ、目玉も潰され、痛みを通り越して気絶する瞬間。
口に出せたのは、いるはずのない自分より上の操作系魔術師への疑問だった。
最期の最期に、魔術師としてのプライドがそう口にさせたのか。
骸骨男はロングコートの襟を整えると、ラティーヌに向かってお辞儀をした。
「吾輩はバーデゴ。そなたらは骨の魔術師バーデゴと呼んでいる。時の彼方より、王の下に集う盟約者の一人である」
「たす……け……」
ラティーヌが手を伸ばそうとすると、バーデゴと名乗った骸骨男はからからと笑った。
「ジョークが下手だな愚かな魔術師。墓場とは、助からなかった者の場所だというのに」
「メレ…………ス……」
何もかも手遅れの断末魔は静かに。
その声が誰にも届かない場所で、ラティーヌ・アニムスは最期を迎えた。
◆
時間はベルナーズ家の事件から遡り――魔界。
カナタは竜の寿命に対する勘違いを何とか説明しようとしていた。
人間は七十歳まで生きれば長生きなほうというのは本当のことで、生物の中でも短命とまでは言わないが何百年も生きるのは不可能だと。
竜が語った森人や人魚の寿命も聞いて、丁寧に。
ここで説得できなければ右目どころじゃないことになると必死に信じてもらおうとしたが……竜は何故か一向にカナタの説明を信じようとはしなかった。
まるで、人が何百年も生きる証拠でもあるかのように。
『まだ嘘を重ねるか』
「嘘じゃないんです! 現に百年も生きている人間なんてほとんどいない!」
『いくら生存圏を分断したからと、我々が人間のことを何も知らないわけではない。遭遇した人間のことくらいは記憶しているのだぞ』
「……!? どういう……?」
カナタが聞き返すと、竜の巨大な眼が見開いた。
殺される――と錯覚するには十分な動きだった。
『人が何百年も生きぬというならば、何故二百年ほど前に魔術王は再び姿を現した?』
「は、い……?」
『だから我々は、生存圏を完全に分断したのだぞ』
読んでいただき、ありがとうございます。
第十四部『闇を踏む夜天』終了となります。
幕間を更新後は第十五部です。カナタ視点に戻ります。
もうちょっとで嬉しいご報告もできると思いますので少々お待ちください。




